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テクノロジーの再解釈×妄想ドリブンで生み出すイノベーション 「fibona ~Side Story~」オンライン開催

2020.07.31

資生堂と“外部の知と人の融合”によってイノベーションを起こす「fibona(フィボナ)」。

6月には「fibona ~Side Story~」と題して、株式会社知財図鑑のビジネスプロデューサー / CEOの出村光世さんをゲストに招いて「R&D Next Generation ~技術と再解釈と妄想ドリブンでイノベーションの種を生み出す~」をテーマにオンラインイベントを開催した。

「知財図鑑」をめぐる出村さんのトークや、さまざまな知的財産を抱える企業が抱える課題やアイデアについて、100名を超える資生堂の研究員を中心とした参加者とディスカッションした様子をレポートする。

知財図鑑が誕生した日本の背景

株式会社知財図鑑 ビジネスプロデューサー / CEOの出村光世さん

知財図鑑」の母体は、出村さんが代表を務めるクリエイティブ集団、Konel Inc.だ。クリエイティブディレクターやエンジニア、ドレスメーカー、コピーライターなど30職種以上の越境型クリエイターが集まり、IoTやAIなどの先端テクノロジーを用いて「未来を思索するプロトタイプ」を生み出し続けている。

例えば、そのひとつが「Transparent TABLE」だ。会議の内容をリアルタイムで可視化するAPIと、大手家電メーカーの持つマルチタッチモニターを融合させ、「手ぶらで話せる未来の会議テーブル」を誕生させた。

実はこのプロダクト、大手家電メーカーから「4名まで同時に接触認識できるマルチモニター」という知財の使い道について相談を受け、研究者も含め3社協業で実現したもの。このプロジェクトに可能性を感じた出村さんは、日本中の企業にこのような応用性の高い知財が眠っているのではないか、と気づいたという。

出村さんは、「日本ではノーベル賞受賞者を多数輩出するほど優れた研究開発が行われているにもかかわらず、研究がそれほど事業に結びついていない。背景には暮らしをアップデートする事業やサービス、プロダクトを生み出すビジネス再度の人材やクリエイターと研究者の接点が少ないからではないかと感じた」と課題を分析する。

文部科学省 科学技術・学術政策研究所(NISTEP/ナイステップ)の調査によると日本の研究開発費は2017年の時点で約19.1兆円とアメリカ、中国に続き世界3位を誇る。一方でみずほ総合研究所のレポートによれば、研究が事業収益として回収された指標である「研究開発効率」は低迷の一途をたどっているのが現状だ。

そこで、様々な企業や研究機関の持つ知財をハントし、ビジネス人材やクリエイターなどの非研究者にとって分かりやすいコンテンツとして翻訳して提供しよう、と立ち上げたのが「知財図鑑」だ。

「知財図鑑」のサイトより

「知財図鑑」が大切にした生活者目線

こうして出村さんは、知己の企業やクリエイターや研究者に声をかけ、注目の知財や自社で研究中の知財について情報を収集する「知財ハンター」と化した。あるときは大学の研究室、あるときは企業の研究機関、またある時はテック系スタートアップに先進的な技術を体感しに出かけた。

こうして得た多様な情報を、出村さんやスタッフはクリエイターならではの視点でバイアスにとらわれずに再解釈する。未来にあると嬉しいプロダクト、サービス、世界観から、そこに使われている知財を生かしたコンテンツに昇華し、「知財図鑑」というサイトに集約した。

2020年1月にスタートした「知財図鑑」に掲載されている知財は同年7月時点で100を超える。それぞれの紹介ページでは、知財活用の実例や、知財を活用して未来を描く「妄想プロジェクト」が一目でわかる高解像度のイラストで紹介されている。

知財図鑑の活動を通じて、様々な企業から声をかけられることが増えたという出村さん。しかし、「知財オーナーと、生活者に新しいプロダクトやサービスを提供したい企業の間には大きな溝がある」と課題感も述べた。

「知財オーナーは想定以外の使いみちや発想を求め、事業会社は生活者を豊かにするサービスの発想や資金はあるが具現化する手段がない。両者は共に『0→1』で新しいプロダクトやサービスを生み出したいと思っているにもかかわらず、すれちがってしまう」

知財オーナーと事業会社、コラボレーションの秘訣

つづいて出村さんは、知財オーナーと企業のすれ違いが起きる要因として3つのポイントを挙げた。

1.自前主義:自社の利益を最大化しようとするあまり、他社のテクノロジーや社外の個人とのコラボレーションを諦めてしまう
2.社対社:他社とコラボする際、プロジェクトの主導権やコスト・利益配分などの折り合いがつかない
3.採算性:短期間でROIや収益を上げることを求められる

「企業の持つ知財を有効活用して0→1を生み出すには、脱・自前主義で、社外のすばらしいスキルを持つ人材や、他社のプロダクトや技術とオープンコラボレーションし、爆速で形にするスタンスが重要」と出村さんは力を込める。

では実際に、企業のR&D部門が自社で抱える知財を有効活用するにはどうするか。「そのポイントも3つある」と語った。

1.テーマの選定:「人間の欲望」「社会課題」から入る
2.コラボレーターを集めやすい“妄想”を描く
3.PoCを回して事業化を加速化させる

1のテーマについては、「自分の好きなことをアウトプットに活かせないか」という切り口で選定するとうまくいくケースが多いと出村さんは話す。例えば、東京電機大学が持つ「音響樽」という96chサラウンドの立体音響装置は、音楽やエンタメが好きな出村氏の着想により、音楽家・細野晴臣氏とMUTEK.JPのコラボが実現。細野氏の50周年記念イベント「細野観光」にて体験型の展示が実現した。

細野晴臣氏のデビュー50周年記念展『細野観光 1969-2019』で展示された「音響樽」

また、地球温暖化、パンデミック、人口減少などのさまざまな「社会課題」と紐付けると、一社の利益追求に偏りにくく、プロジェクトは立ち上がりやすいのだそう。出村さんは、「『好き』や『もっとこんな社会をつくりたい』という個人の欲望を基点にプロジェクトを進めると、モチベーションを維持しやすく、プロジェクトが円滑に進む」と明かした。

重要なのが、「この知財、使いたい人いませんか?」といって、テクノロジーや特許内容をそのまま見せないということ。妄想ベースでいいので、「こんな未来を実現したい」と知財を用いたプランを練って、太いコンセプトやオンラインで伝わる映像作品などを提示すると、多くのクリエイターやプロデューサーの目に留まりやすくなり、コラボレーターが集まるのだという。

新規プロジェクトの「壁」を突破するには

また、数々の知財を扱う大手企業とビジネスを推進するうえで直面するのが「決裁」の壁。事業化に伴い、アイデア出し、マーケティング、営業企画のすべての分野で、すべての上長の決裁を仰いでいたら、プランをスピーディーに事業化するのは難しいだろう。

そこで重要になるのが、PoC(Proof of Concept/新しい概念やアイデアを具現化する前の実証実験フェーズのこと)を有効活用すること。

海外では、成果が生まれなくても損失にならない金額(アフォーダブル・ロス:許容範囲の損失)をあらかじめ設定しておき、その範囲で実証実験を行ったり、プロトタイピングをして知財の事業化を検証する傾向が強く、知財図鑑・Konelにおいてもアフォーダブル・ロスを適用して自主的な実験を繰り返しているそうだ。

最後に、出村さんは「長い時間をかけて一つの事業を『0→1』として生み出すより、すばやくたくさんの『0→0.1』を生み出し、発信することで、新しい共鳴が生まれる。本来研究者とクリエイターは相性がいい。知財からすばらしい未来をつくるパートナーになれたらいいと思っている」と締めくくった。

新規プロジェクトの推進、大切にすべきこと

後半は、出村さんのほか、資生堂から技術知財部 部長の安達謙太郎(写真右下)とR&I戦略部 部長/インキュベーションセンター センター長 兼 fibonaプロジェクトオーナーの 荒木秀文(右上)、そして司会でfibonaメンバーの豊田智規(左下)をまじえて、「イノベーションの視点から見る知財」についてパネルディスカッションを行った。

まず知財技術部の安達から「好きなことからアイデアを発想し、どのようにビジネスに繋げるのか」という質問があがると、出村さんは「最初のチームビルディングが肝だ」と次のように回答した。

「プランナー、エンジニア、デザイナーなど、一つのチームにできるだけ異能な職種、違う視点で発想ができる人を集めるようにしている。資生堂さんの場合、1つの会社にマーケター、クリエイター、研究者と様々な分野のプロフェッショナルがいるのがすばらしい。部署異動でひとりが多様な経験を積んでいる。多彩なメンバーのいるチーム編成がビジネスの加速化には欠かせない。それをチームビルディングに生かすといいのではないだろうか」

fibona プロジェクトオーナーの荒木は、「GIC(資生堂グローバルイノベーションセンター)には研究者だけでなく、マーケティングを担当してきた方など、さまざまな分野の社員が集まっている。理系の分野の研究と、生活者の困りごとや夢などリアルな生活で必要なものをどう結びつけるのか。マルチカルチャー(多文化主義)のなかでイノベーションを生み出していきたい」と意気込みを話した。

荒木は、出村さんのトークについても「世界を変えるような知財を、クリエイター視点で再解釈すること、そして妄想が大切という話にとても共感。R&Dには機能価値だけでなく、情緒価値、意味的価値が求められる。研究者の左脳的な考え方ではなく、アーティストの持つクリエイティブで直感的な右脳的な考え方を取り入れていきたい」と語った。

企画書より重要な「プロトタイピング」

多彩な人材を集めてチームビルディングをすると次に生じるのが「コミュニケーションの齟齬」だ。出村さんが、職種や背景が異なる人たちをまとめるために重要視しているのが、「プロトタイピングをつくってみること」だと出村さんは話す。

「コメントする対象物が生まれたときに職域を超えて主体性が生まれ、具体的な意見が出てくる。プロトタイプがあれば、『これは生活の中でどう使われるだろう』という発想が動き出す。企画書を重厚長大に練り上げるよりも、手触りのあるプロトタイプをつくる方が大事なのではないかとすら思う」

イベントに参加した100人超の研究員らからは、S/PARKの1階にある「S/PARK Studio」や2階の「S/PARK Museum」などを使って「プロトタイプを体感できる場をつくりたい」というコメントが相次いだ。

イベント中は、リアルタイムで参加者からのコメントが多数寄せられた

荒木は、「近年、当社でもアジャイル開発やスモールβ版のようなやり方でプロジェクトを進めようと考えていて、その取り組みのひとつがfibona。インキュベーションセンターの責任者として、企画や叶えたい夢、ワクワク感の大きさはそのままに、できるだけ早いスピードで生活者に価値を提案していきたい」と語った。

さらに出村さんは、「プロジェクトをより早く進めるためには、普段から発想の種を雑多に“霧状”にストックしておくといい。そうすれば『いつまでにあのプロジェクトを形にしなきゃいけない』と、予算や期限がセットされたときに、脳内に散らばったアイデアをバッと選定することですぐに形にできます。限られた期限で、人材とコストと時間をどう差配していくのがプロトタイピングの真髄です」と具体的なコツを教えてくれた。

プロジェクトの裁量はどうあるべきか

続くQ&Aセッションでは、参加者から出村さんへの質問が相次いだ。そのひとつは、「プロジェクトを進めるとき、上司やマネージャーにどのように決裁を仰げばいいか」というリアルな内容だ。

出村さんは「これは新規事業における永遠のテーマ」と苦笑しながらも、「マネージャーには許容できるラインだけ決めておいてもらい、あとは現場に裁量を持たせてもらう方がいい。『この期限までに終わらなければダメ』『この予算以内に収めるのがプロ』というように、ゆるみがちなチームの引き締め係、くらいの温度感がちょうどいい」と語った。

また、「新たなプロダクトを商品開発するとき、PMF(プロダクト・マーケット・フィット/顧客を満足させる最適なプロダクトを最適な市場に提供している状態)にどのように到達させるのか?」というかなり踏み込んだ質問も。

これに対して、出村さんは「プロダクトができあがったら、マーケティングや営業企画などビジネスサイドの方と話して、どのようにマーケットに投入していくのかをしっかり話し合う。とはいえ、“予想通りにいかない”のが新規事業なので、あまり数字やKPIで締め付け過ぎないほうがいい」とアドバイスした。

「R&D Next Generation ~技術と再解釈と妄想ドリブンでイノベーションの種を生み出す~」には、単に知財を活用するということではなく、知財の中心にある技術と生活者にとっての価値との結びつけ方、またそれらを可視化しながら形づくっていくアジャイルな開発のあり方など、変化に激しいこれからの時代に新しい価値を創出していくための大切なヒントが詰まっていた。

100名を超える参加者からはディスカッション中も活発なコメントが相次ぎ、刺激を受けた様子が伝わってきた。知財やこれからのR&Dをヒントに、fibonaのオープンイノベーションを加速化させていきたい。

(text: Kanako Ishikawa edit: Kaori Sasagawa)

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