Activity

視点と思考を交差させる。研究員とクリエイティブメンバーが挑む、脱・王道のものづくり

2022.05.25

2019年から資生堂の研究所が推進するオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」。その活動の柱のひとつが、研究所発のテクノロジーからプロダクトのβ版を開発し、すばやく市場に投入する「Speedy trial」だ。クラウドファンディングなどを活用してお客さまとのコミュニケーションを開発の初期段階から行い、多くの人にとって意味のあるイノベーションを目指す。

2020年に第1弾としてクラウドファンディングを通じてローンチした、顔印象に着目したフィルム型サプリ「Lämmin(ランミン)」を筆頭に、現在も複数のプロダクト開発が進行している。

Speedy trialのプロダクトを形づくる上で重要な役割を果たしてきたのが、デザイナーなど資生堂のクリエイティブチームのメンバーだ。彼らは、Speedy trialの取り組みやfibonaの活動をどう捉えてきたのか。研究所のfibonaメンバー 小田康太郎がモデレーターとなり、資生堂クリエイティブ株式会社に所属するfibonaメンバー 石井美加、廣川まりあ、上村玲奈に話を聞いた。

Speedy trialの取り組みから第1弾としてローンチした、フィルム形状のサプリ「Lämmin」。2020年のクラウドファンディングを経て、お客さまのもとに届けられた。

研究員とクリエイティブ、異なる思考法が刺激的


──まずは、みなさんの普段の業務と、fibonaとの関わりから教えてください。

石井:
私は、資生堂クリエイティブ株式会社で制作プロデューサーとして、ブランドのプロジェクトマネジメントを担当しています。fibonaへの参加は第1期から。Lämminの開発にまつわる進行サポートやマネジメントなどに携わりました。現在進行している第2期のプロダクト開発にもプロジェクトメンバーとして参加しています。

fibona クリエイティブメンバー 石井美加

廣川:
私も石井さんと同じく、Lämmin開発のときからプロダクトデザイナーとしてfibonaに参加しています。普段の業務でも主にパッケージ周りのプロダクトデザインを担当しています。

上村:
私は第2期からの参加です。廣川さんと同じデザイナーですが、私はお客さまとのコミュニケーション、店頭まわりなどの体験デザインを担当しています。fibonaではプロダクト開発チームの一員として、お客さまに届ける製品のストーリーづくりを担っています。

fibonaの研究員とクリエイティブメンバーによる「Lämmin」開発チーム。

──クリエイティブという立場から、fibonaに参加しようと思った動機はどこにあったのでしょうか。

石井:
資生堂はサイエンスとアート、この2つの融合を大事にしている企業です。私も商品開発をしていたバックグラウンドがありますので、両者が融合したオリジナリティの高いプロダクトを作る機会があれば、ぜひサポートしたいという気持ちが以前からありました。

fibonaができる少し前に、デザイナーと研究員が一緒に新しいサービスを検討する研究会を開催していたんですね。そのことを耳にしたfibonaのメンバーからお誘いを受けて、クリエイティブのメンバーでfibonaへの参加を決めました。

廣川:
通常、商品開発はマーケッター発、つまりお客さまの声や市場の動向から生まれることが多い中で、それに対して、研究員主体で生まれたてのアイデアを形に変えていくfibonaのあり方はとてもユニークで新鮮に感じましたね。

上村:
研究員とクリエイターが組んで、マーケッター抜きでアイデアを広げていくのが新しい取り組みの形でしたよね。シンプルに技術とアイデアを組み合わせていくと、どう発展していくのか。そのプロセスが見えてとても興味深かったです。

fibona クリエイティブメンバー 上村玲奈

石井:
研究員の方たちは、やはり視座が全然違うんです。私たちクリエイティブはお客さまの目に見える・手に取っていただく部分に関わりますが、研究員の方たちは、まだ目に見えないシーズ部分を見ている。アイデア出しの段階から、思考法やタイムスパン、関心のあり方に刺激を受けましたね。

──普段、研究員と直接対話する機会はあまりないのでしょうか?

廣川:
そうですね。普段はマーケティング部門の方が間に入って進めていく形が多いですから、一人ひとりの研究員の方々と意見交換や気持ちのキャッチボールをする機会があまりありません。fibonaの場では、社内の普段見られない角度から企画を見ることが出来たと思います。

──研究所のメンバーからは、「クリエイティブメンバーからの鋭い質問に答えられず、自分たちの甘さを思い知らされた」という声も聞きました。言語化を迫られることで、研究員サイドも自分たちの研究の根本を見直すいい影響があったように感じます。

上村:
プレゼンひとつにしても、私たちがつくるプレゼン資料ってデザインコンセプトのイメージを膨らませることからつくる部分が大きいんです。でもfibonaでは、研究員の方たちがイメージの素となっている部分をきちんとバックアップしてくださったので、プレゼンの説得力がぐっと増しましたね。

fibonaは異なるクリエイティブを経験する機会


──“研究所発”という点は、fibonaの大きな特色だと思っています。お客さまが何を信頼してくれるかを問われる大事なポイントとして、やはり技術的なところも大きいのではないかと。研究起点で考えるお客さまとプロダクトの関係性づくりについて、fibonaを通じて何か見えたことはありましたか。

今回モデレーターを務めたfibona 研究所メンバー 小田康太郎

廣川:
Lämminで実施したクラウドファンディングは、非常に勉強になりましたね。クラウドファンディングで買ってくださるお客さまは、普段、資生堂の商品を手に取ってくださるお客さまとは層がおそらく多少異なるなかで、クラウドファンディングのプラットフォームにどんなユーザーがいて、どんなものであれば受け入れられるのか。研究員のみなさんの情熱をどう形にしていくか。一見遠い存在同士を近づけて考える作業は、普段の業務ではあまり経験できないことで、いい機会をいただけたと思っています。

fibona クリエイティブメンバー 廣川まりあ

上村:
研究員のみなさんは、すごく前向きなんです。自分たちの研究成果をどう商品に落とし込むかという熱意が、こちらにもすごく伝わってきましたね。

石井:
だからといって研究員とクリエイティブで対抗する、という空気にはまったくなりませんでしたよね。普段の業務でもそうですが、同じチームでも世代や性格も異なりますし、社外の方とも一緒に組んで制作しているので、部門の壁のようなものは、私たちはあまり意識していないかもしれません。Lämminのときも、研究員とクリエイティブメンバーが1つのチームとなって、その都度意見を交換しながらアイデアを練り上げ、ローンチまで漕ぎ着けたと思っています。

上村:
私たちクリエイティブ職は、ものをつくる過程のなかで、もしも判断に迷ったら「コンセプト」に立ち戻るんですが、研究員の方たちは迷ったら「この研究の核は何か?」に立ち戻るんです。そうした違いも新鮮でした。

石井:
Lämminのときは、商品自体がユニークだったので、そのユニークさを前面に伝える形にしましたよね。でも今、上村さんと進めている第2弾のプロダクト開発では、それにプラスしてクラウドファンディングならではの試みができないかを考案している最中です。

そうした企画の考案や、他部門とのコラボレーションといった、普段のクリエイティブ業務ではなかなかできないことをfibonaでは経験できる。まだまだ他にも、実現の可能性が広がると思っています。

王道とは違う「飛び道具的」アイデアを試せる強み


──最後に、これからのfibonaへの関わり方や、チャレンジしてみたいこと、研究所と一緒にプロジェクトを進めることに対する期待などがあれば教えてください。

石井:
fibonaには4つの柱がありますよね。私たちはいま「Speedy trial」への参加ですが、異業種の方々との交流する「Cultivation」などの取り組みにも参加していきたいと思っています。それとは別に研究員の方々と一緒にやってみたいこともたくさんあります。テーマを決めてクリエイティブメンバーが研究員にわかりやすく教えてもらう勉強会のようなものも主宰できたらいいですね。

廣川:
研究所にはアイデアの種がたくさんあるんだな、とfibonaを通じて実感しました。研究員の方々は研究が、私たちはものづくりが好きで、それぞれにやっている。そうした違いを共創する場がもっと増えていくと面白いですよね。資生堂の王道とはまた違う、飛び道具的なものを世に出せるfibonaの存在はチャレンジングだし、客観的に見ても面白いのではと思います。

上村:
廣川さんが「飛び道具的」と表現しましたが、いい意味で市場をあまり意識しすぎずに資生堂らしくないことにも挑戦できる場がfibonaだと思っています。サイエンスとアート、資生堂の強みであるこの2つの部門がタッグを組んでいるのがfibonaだという自負もあります。資生堂がずっと大切にしてきた、この2つを掛け合わせることで、新しいものづくりを今後も続けていきたいですね。



(text: Hanae Abe edit: Kaori Sasagawa / Emi Kawasaki)

Project

Other Activity