【ORPHE TRACK×fibona】スマートフットウェアがビューティーに興味をもったわけ
2019.12.252019年7月より始まった資生堂のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」は、活動の一環として「スタートアップ企業とのコラボレーション」を掲げています。第1期にはスタートアップ3社を採択。その内の1社が株式会社no new folk studio(以下「nnf」)です。
nnfは靴型ウェアラブルデバイスであるスマートフットウェア「ORPHE TRACK」を開発するスタートアップ。センサーが組み込まれた靴を履いてランニングするだけで、「着地法」「プロネーション」「左右バランス」といったランニング指標を簡単に計測できます。資生堂が培ってきた「美」の知識と組み合わせることで、新しいビューティーの価値を創造しようとしているところです。
nnfと資生堂は2019年11月、共創の第1弾として共同でランニングイベントを開催。イベントの目的、協業の先にどんな未来を見据えているのかなどを話すため、nnf代表取締役の菊川さんと、資生堂fibonaメンバーの柳原が対談しました。
みなとみらいで変わる研究スタイル
──まずは資生堂の研究開発拠点S/PARKについて教えて下さい。
柳原:
資生堂グローバルイノベーションセンター(S/PARK(エスパーク))は、2019年4月にオープンした、資生堂の研究開発拠点です。みなとみらいに都市型オープンラボと銘打って移動してきました。1階にはS/PARK Café、S/PARK Studio、S/PARK Beauty Barなど、どなたでも入れる空間があって、上階が研究施設となっています。
都市部に移動してきたことによって、お客さまやパートナー企業が気軽にお越しいただけるようになりました。私自身も研究員なのですが、常にお客さまたちがいらっしゃる環境は、コラボレーションも生まれやすくなりそうだと感じています。
資生堂は新しく「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD」というミッションを掲げていて、今まで「日本の化粧品メーカー」だったイメージを、「グローバルなビューティーカンパニー」にしていこうとしています。化粧品はもちろん、より新しい化粧品やそれに限らないビューティー領域でのイノベーションを起こそうとしているのです。オープンイノベーションプログラムであるfibonaは、その一環としてのプロジェクトになります。
資生堂研究所のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」 スタートアップ企業とのコラボレーション開始
菊川:
オープンイノベーションの構想は、移転のタイミングで考えていたんですか?
柳原:
移転の数年前から、これからはもっと協業が必要だよねという話が出ていました。例えば「スタートアップさんと何かやるならこういう場所が必要だろう」「こういう座組みを作っていくのがいいのでは」という具合です。前の研究所の時代から色々なプロジェクトの種を蒔いていました。
菊川:
実際に移転してみて変わったことはありますか?
柳原:
日頃からお客さまに会うということもあって、みんな格好がおしゃれになったような気がしますね(笑)。
大きな変化は色々なものにアクセスしやすくなったことです。例えば、店頭の様子を見に行きたいと思ったら、横浜やみなとみらいの繁華街が近くにあるので、すぐに行けます。またお客さまの声が聞きたいとき、これまではいわゆる「お客さま調査」をすることが多かったですが、今はちょっと1階に下りてお客さまにインタビューすることも可能です。
菊川:
それは全然違いますね。興味を持っている人が勝手に来てくれるんですもんね。
ランナーの課題にテクノロジーがハマる
──それではnnfについて教えて下さい。
菊川:
株式会社no new folk studio代表取締役の菊川裕也です。
nnfはスマートフットウェアという、センサーやコンピューターが内蔵された靴の研究開発・製造・販売をしているスタートアップです。センサーの基盤の設計から、中で動いている歩容の解析のプログラム、アプリケーション、サーバーサイド、データ解析まで一貫して取り組み、一体としてサービスにして提供しているというところが特徴です。今はランナー向けに「ORPHE TRACK」という製品を作っています。
柳原:
最初からランナー向けに作っていたんですか?
菊川:
もともとは大学院の研究テーマとして、電子楽器としての靴を作っていたんです。僕自身は当時からインタフェースデザインに興味があって、音楽を演奏していたこともあって特に楽器のデザインをやりたいと思っていました。楽器ってリアルタイムのインタラクションにすごく優れていて、アクションをしたら音が遅延なくすぐに返ってきますよね。そういう部分に興味を持って電子楽器のデザインを勉強していました。
あるとき「タップダンスの靴を電子楽器化したい」と考えて既存の靴にセンサーやコンピューターを取り付けて、足の動きに応じて電子音が奏でられるようなシステムを作ったのですが、これがORPHEの原型です。
それを洗練させていって今の形に近づいてきたのですが、結果的にそれは、履いているだけでリアルタイムに足の動きを解析するスマートフットウェアでもありました。それをいろんなところで披露すると色んな人が色んなことに使いたいと言い始めたんです。理学療法士だったら「リハビリに使いたい」、ダンサーだったら「ダンスに使いたい」といった具合です。
その広がりに気付いてから他のアプリケーションにもチャレンジし始めて、そのなかでも強く可能性を感じたのがランニングシューズでした。毎日スマートフットウェアのアイディアを色々な人とでディスカッションして、無数の可能性を感じている中で、最もわかりやすく、直接的にペインを救えるなと思ったのが「ランナーの着地」という課題だったんです。
年に1回以上走るランナーは日本に900万人以上いますが、その内の60%以上がランニングによって何かしら痛みを感じているそうです。特にランナーの30%以上は膝に痛みを抱えている。痛みの原因に起因するのは「着地」です。僕たちのテクノロジーを使えば着地を、左右別々にリアルタイムで解析できる。ランナーの課題と自分たちのテクノロジーがピタッとハマったように感じました。
柳原:
楽器ということは、ORPHE TRACKって音も出せるんですか?
菊川:
前身のORPHE ONEでは出せたのですが、ORPHE TRACKとしては今丁度開発中です。リアルタイムに動きを解析できるのが強みなので、音を出すとランナーもフォームを改善しやすくなる。フォームが悪いときだけ音を出す、みたいな。
柳原:
それなら走りながら微修正できますもんね。
菊川:
そうなんです。今製品を使って頂いているユーザーの中に、ヘッドアップディスプレイ(編注:眼鏡型でスマホの画面がシースルーで見られるデバイス)でORPHEの解析結果を見られるようにしている方がいるんです。つまり自分の走り方をリアルタイムで確認しながら走っている。この方は劇的に着地の仕方が変わっています。つまりリアルタイムに情報を収集することで、着地などの行動は変えられるようになるんです。
とは言え、そもそもヘッドアップディスプレイを普通の方は持っていないので(笑)、そのまま皆さんに使っていただくというのは難しいのですが、イヤホンで代替したりはできます。それで今どういう方法がいいか模索しながら開発しているところですね。
──fibonaの話を聞かせて下さい。nnfはなぜfibonaに応募したのでしょうか。一見ビューティーは遠そうに感じるのですが…
菊川:
fibonaのことを聞いたとき、研究開発の施設で、ランステーションがあって、という話から興味をもちました。みなとみらいというスポットも魅力的で、元々ナイトランをやれたらいいなとは思っていたんです。
もう1つ大事なことがあって、ORPHE TRACKのコンセプトは男性にはウケやすいのですが、逆に女性には訴求しにくいという課題がありました。それで資生堂とコラボレーションすることで、女性の心をキャッチするノウハウを学びたいと思ったんです。あと漠然としていますが、僕らも人間の体に関することをやろうとしているので、一緒に研究することで何かしらの気付きは絶対あるだろうと。
柳原:
ランナーって女性の方も多いじゃないですか。それなのに男性が多いというのは、やはりガジェットやデータ解析に興味があるのは男性が多いということですか?
菊川:
そうですね。ランナーやトライアスロンをされている方の中には、機器を使ってランニングを数値化し改善していく、という方が一定数いるのですが、こういうことに興味があるのはやはり男性が多いようです。一方で足に痛みを感じている人の数という観点で行くと、実はヒールを履く女性の方が多い。女性へのアプローチを学ぶことで、nnfのテクノロジーがより多くの人の役に立てるのではないかと考えています。
柳原:
今回は研究所主導のオープンイノベーションプログラムということもあって、募集するときから一緒に研究できるところを採択しますという点をずっと強調していました。共に真摯に研究して高め合っていければいいなという感じです。
菊川:
スタートアップって、ある意味通常の研究機関以上に好きなことを研究できる立場なんですよね。王道な研究とは違いますが、今は逆にそういう面を楽しんでいます。
柳原:
むしろ資生堂では、基礎から積み上げていく王道な研究を得意とする研究員が多いので、お互い刺激し合えていいと思います。
そういえば採択という意味では、菊川さんをはじめnnfの方々からは、かなり研究者気質を感じるんですよね。
菊川:
僕は全然感じませんが(笑)。
柳原:
fibonaチームでは感じているんです(笑)。
お客さまとのタッチポイントから新しい価値を
──オープンイノベーションプログラムであるfibonaを通して、nnfと資生堂が新たな美を創出しようとすることがわかってきました。この対談の後には、記念すべき第一回目の共同ランイベントを開催します。ここまで話してきた内容を踏まえ、ランイベントの目的や今後の展開をどのように考えているのでしょうか。
柳原:
nnfがfibonaに応募してくれたきっかけにもなった、資生堂グローバルイノベーションセンター S/PARK Studioと連携してお客さまとのタッチポイントを作ろうという活動の第一弾です。S/PARK Studioはランナーの方が日常的にランニングステーションとして利用したり、S/PARK Studioオリジナルのランニングやエクササイズプログラム等が展開されたりしています。資生堂としては、nnf・S/PARK Studio・fibona、3つの共同開催という枠組みのキックオフという位置づけですね。
菊川:
今回はORPHE TRACKを使って走ってみようというイベントですが、将来的にはお客さまからデータを集めるという方向にも話が進むかもしれません。その際も定期的に取得できるような環境を作っていきたい。S/PARK Studioと連携して歩容も取れるということもできたら嬉しいです。その際にはS/PARK Studioと協力していくことになると思うので、今日ORPHE TRACKを知ってもらい、今後に繋げていきたいですね。
さて対談はここで終了し、実際にランイベントがスタート。参加者の方々が仕事を終え、S/PARK Studio(ランニングステーション)へ集まってきます。
最初は準備運動とウォーミングアップです。
(nnfが指導する準備運動が地味につらいです)
ORPHE TRACKとスマホを同期させて走りにいきます。今回はご近所の臨港パークへ。
暗闇で光るORPHE TRACK。色々な色で光ります。かっこいいですね。
走って帰ってきたら、ORPHE TRACKのデータを確認。解説していただきながら「着地法」や「プロネーション」などを確認します。
周りの方と自分のデータを比べてみて盛り上がっていました。
今回のランイベントはこれにて終了。参加者からはこんな感想をいただけました。総じて満足いただけたようです。
「夜景を見ながら、シューズを光らせてみんなで走るのは、気分があがった」
「自分の走り方を客観的に分析できたのが良かった」
とはいえ今回は皆さんにORPHE TRACKやS/PARK Studioを体験していただいただけ。歩行データとビューティーを繋げる活動の第一歩です。イベント自体は継続して開催予定ですが、今後共同研究が進み成果が出てきたら、改めてお披露目の場を設けたいと思います。それまでぜひORPHE TRACKでランニングデータを溜めて、お待ち下さい。
スマートフットウェア ORPHE TRACK
(text: pilot boat 納富 隼平、photo: taisho)
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