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潮流を捉えた本質的価値創りにおける技術の役割とは 「fibona ~Side Story~」

2020.11.16

資生堂と“外部の知と人の融合”によってイノベーションを起こす「fibona(フィボナ)」。

「fibona ~Side Story~」と題して、今回はNPO法人ミラツクの代表理事の西村勇哉さんをゲストに招いて、「潮流を捉えた本質的価値創りにおける技術の役割とは」をテーマにオンラインイベントを開催した。

ミラツクでのお仕事や、さまざまな方とのお仕事を通じて西村さんが体感した「潮流を捉えることの重要性」について、西村さんの講演と研究員とのパネルディスカッションの様子をレポートする。

NPO法人ミラツク代表理事 西村勇哉さん

価値はそのものに宿るのではなく、文脈によって生まれる

https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/sholes07より引用

講演はまず、そもそも価値はどのように生まれるか、という話から始まった。「石を例に取ると、ただの石が石器時代には大いに価値をもったが、その後再びただの石となって価値を失った。」また別の事例としてピアノの事例を挙げ、「ピアノは、もともとはメディチ家が発注して300年前につくった楽器だが、その後、クリストファー・レイサム・ショールズが考案した印刷電信のキーボードに用いられた。その背景には、とても使いにくいタイプライターの発売があり、「文字を入力しやすいもの」という文脈からより押しやすい機構の探索がなされ、ピアノに光が再度当たった。ピアノは楽器に加えてパソコンのキーボードという流れを手に入れた。」と続けた。

「このように、ある時代には価値ではなかったものが、異なる時代に新しい文脈のもとで価値を持つことがある。すなわち価値は文脈によって生まれるのであって、それそのものに価値が宿るわけではない」と西村さんは語った。

技術の進化と生物の進化の共通点

ミラツクより提供

続いて西村さんが語ったのは、技術と人類の進化について。
「猿は木に登る動物として手を発達させてきたが、その手を使って次第にモノや食べ物を持つようになり、用途を転換することで進化を遂げてきた。また人類は、骨を木にくくりつけて武器にして狩猟を行なうようになったり、火を使って土器を作るようになったりなど、技術の結合によっても技術は進化してきた」

「このような技術の発展は、生物学における進化論の考えとともに読み解くと、技術の現在の機能は現在の環境において役立っているのであって、それがどのような仕組みになっているか、あるいはどのような進化を遂げてきたか、そこに目を向けることで技術の発展する“先”を見つけることができる」と西村さんは述べた。

ANAのアバタープロジェクトはそのように技術の発展の先を見つけ出した好事例で、このプロジェクトのきっかけとなったキークエスチョン(下左図)から、アバターの技術を『普段行けない場所に感覚だけ移動させる技術』と捉え直した。現在では一部門から事業会社へと独立し、サービスを展開し始めているそうだ。

https://avatarin.com/avatar/ より引用

技術を価値に転換する未来からの問いかけ

ミラツクより提供

価値は文脈から生まれることから、「技術の組み合わせなどによる新結合が文脈と合わさること、それが価値ある革新に繋がります」と西村さん。また、その革新が起こる領域は、自社の領域と外部領域(自社にとっての新領域)の間の隣接した領域である、とも述べた。自社技術を活かす(用途転換する)には、自社の領域に近く、かつそこに文脈が合っていることが重要なのだそうだ。では、文脈に合わせるにはどのようにすればよいのか。西村さんは次に、文脈を捉えるための未来からの問いかけについて話を進めた。

https://corp.innoqua.jp/company/ より引用

「未来からの問いかけに答えるとはどういうことか、それは未来の事象に対して何をすべきか、という問いに答えることです」と西村さんは続けた。未来の事象に対し、現在の技術で何をすべきかを考えて実践した例として、海面上昇に対応する水上建築や、人工サンゴ礁の育成を紹介した。

https://jods.mitpress.mit.edu/pub/ageofentanglement/release/1 より引用

それでは未来の事象はどのように想像すべきか。「クルマや飛行機の誕生のように、人は見たことがないものを想像することは難しい」と西村さんは述べた。そこでポイントになるのは、出発点を変えること。個々人の想像力には大きな差がないので、出発点を変えることで、想像力の行きつく先を変えることが重要だそうだ。出発点を変える一例として『対角線の知識』があり、サイエンスであればデザイン、エンジニアリングであればアート、すなわち人への理解を深めることで、時代を超えて求められるテーマを見出すことができ、それは未来にも通じる事象になるということだ。

未来を捉えた上での技術の役割とは

https://thevoroscope.com/2017/02/24/the-futures-cone-use-and-history/ より引用

前半の締めくくりに、西村さんは「人への理解を深めることで未来からの問いかけを知り、未来の可能性を拡げた次にすべきことは何か、それは技術によって実行・実現可能な範囲を見定めることである。未来からの問いと今持つ技術によって現在やるべきことが決まる一方で、過去の積み重ねによって現在があり、現在の行動によって未来がつくられるというように、過去―現在―未来は常に繋がっている。その意識を持ちながら、どの領域で価値を作っていくかを見定めることが重要だ」と語った。

 コロナ禍でマスクや消毒液がこれまで以上に価値を持つようになったことも、価値が文脈によって生まれる典型例であり、目を外に向けると事例は多々あるように思った。また、技術の役割は数多ある未来の可能性の中で実行・実現可能な範囲を見定めることだ、というお話は、技術を開発した先に、その技術で何ができるのかを常に考える重要性を伝えていると感じた。

ミラツクより提供

潮流を捉えた本質的価値創りにおける資生堂の研究の役割とは

後半は、西村さんのほか、資生堂グローバルイノベーションセンターから髙田素樹(写真左上)と宮沢和之(写真右上)そして司会でfibonaメンバーの旭啓之(写真右下)を交え、「価値創りにおける資生堂の研究の役割」についてのパネルディスカッションが行われた。

まず髙田から「研究現場では、納得性の高いもの、既存の延長線上にあるテーマが採択されがちだがどのように取り組むべきか」という質問があがると、西村さんは「技術の使い方を変えずに考えてしまうと、延長線上になってしまいがち。まずは今の使い方を忘れて考えること、いったん脇において考えることが大事だ」と回答。

「どういう未来を想定するかは、納得性のためにも多少のロジックは必要。ただロジックで固めてしまってはいけなくて、実のところ名探偵の推理と同じで、ストーリーを語って信じてもらうしかない。でもそれだけで大人数の説得は難しいので、自分の持つ自由度は何か、その中で何ができるのかを考えるのが大事。説明説得に時間を費やしすぎるのではなく、今できる範囲のことをまずやってみて、自分の信じるものを伝えていくことが大切なのではないか」と続けた。

次に宮沢からは「いかに問いをぶつけるかが重要だと感じた一方で、研究所にいるとどうしても技術視点で考えがちであるため、技術転用によるイノベーションを興す思考回路になりづらい。どういう考え方をすればよいのだろうか」という質問があがり、西村さんは「研究者は好きにやるのが本当は大事だと思う。一方で、研究と技術の結合が産業革命以降の世界をつくってきた。最先端でなくてもいいので、さまざまなものを結合することで新しいものを生み出していくことができるのではないか」と回答。

「技術に関してさまざまな引き出しを持っておいて、ある文脈で引き出しから出して活用していくのが重要ではないだろうか。しかし研究者に、技術の引き出しをそろえることから出して活用するまでを求めると大変なので、研究者は技術の引き出しをそろえることに専念し、引き出すことや活用を考えるのは別の人が行なうなど、役割を分担していくことも重要だ」

さらに宮沢から、「得意とする領域は部門によって異なるため、資生堂の研究所は、技術シーズを知っているからこそマーケティング部門よりも実行可能な領域が想像しやすいと思っているが、その点についてはどう思われるか」と質問があると、西村さんは「研究所は得てしてマーケティング部門からの要請に応えること、すなわちピースを埋めるための研究開発を求められがちという印象がある。それは会社として大切だが、その活動に終始してしまうのはもったいないと感じる。全員そうなってしまうと、やる気を失ってしまう研究員もいるのではないか。もっと本質を見ることができると思うので、ピースの埋める活動とうまく両立をしていくことが大切だ」と回答した。

大きなイノベーションを生み出すには

イベント最後のQ&Aセッションでは、参加者から「隣接可能領域以外で生まれる大きなイノベーションは、どこで生まれるのか。そのときにはやはり文脈を捉えることが重要なのか」という質問があがった。

 「まさにその通りで、今のものが今の文脈だから今売れている、というのはとても分かりやすい。しかしそこから先の未来は、今の文脈がこうだから未来はこうなって、だからこうなるはずだという仮説・推測の組み合わせになってくる。でもそれは勝手な推測ではなく、今ある文脈に基づく仮説なので、その筋の通った文脈がその推測を支えてくれて納得性が増す」と語りつつ、「その文脈に沿った仮説でも、周りの人にはなかなか信じてもらえないのですけどね」と研究者の苦労に共感を示しながら西村さんは話を締めくくった。

「潮流を捉えた本質的価値創りにおける技術の役割とは」は、これからの世界の文脈を考えたときに資生堂が解くべき問いは何か、私たち研究員が解きたい問いは何か、を研究員に投げかける会であった。また、技術を担う研究所として、実現可能な範囲を見定めながらどのような未来を作っていきたいのか、そのために今できることは何か、どのようなことならできそうかという想像力を働かせることの大切さを知ることができた、という声も参加者から挙がった。各研究員にとって、未来からの問いを考え、今を考える良いきっかけになったと感じただけでなく、パートナーとともに未来を描き、これからの時代に新しい価値を生み出していける研究所でありたい、と強く感じたイベントであった。

★西村勇哉さんのご経歴★
1981年大阪府池田市生まれ。大阪大学大学院にて人間科学(Human Science)の修士を取得。人材開発ベンチャー企業、公益財団法人日本生産性本部を経て、2008年より開始したダイアログBARの活動を前身に、2011年にNPO法人ミラツクを設立。セクター、職種、領域を超えたイノベーションプラットフォームの構築と、年間30社程度の大手企業の事業創出支援、研究開発プロジェクト立ち上げの支援、未来構想の設計、未来潮流の探索などに取り組む。 国立研究開発法人理化学研究所未来戦略室 イノベーションデザイナー、大阪大学社会ソリューションイニシアティブ 特任准教授

Project

Cultivation

ビューティー分野に関連する異業種の方々と資生堂研究員とのミートアップを開催し、美に関する多様な知と人を融合し、イノベーションを生み出す研究員の熱意やアイディアを 刺激する風土を作ります。

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