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社会課題に向き合い文化を変える挑戦者たちの原体験とは「Around Beauty Meetup #9」開催

2021.12.17

美にまつわる社内外のさまざまなイノベーターがS/PARKに集まり交流する「Around Beauty Meetup」。第9回目はテーマに「当事者の課題を捉え、文化を変える挑戦」を掲げ、不妊治療のデータベースからユーザーと同質性の高い症例や治療情報をAI検索できるスマートフォンアプリ「cocoromi(ココロミ)」の開発・運営を中心に、女性の健康を取り巻くさまざまな課題に対して包括的な支援に取り組んでいるスタートアップ企業vivola株式会社 CEO 角田夕香里さんを迎えてお話を伺った。

不妊治療というワードのみを抜き出すと「自分には縁遠いもの」と捉える人もいるかもしれないが、角田さんの取り組みには「文化を変える挑戦」という視点から学べるところが多そうだという期待から、社会課題への取組みに関心のある方や課題を深く探るリサーチを志す方々など女性のみならず多くの参加者がこのオンラインMeetupの場に集った。

オープニングにfibonaのプロジェクトリーダー中西裕子は「私たちを取り囲む外部環境が変化すると、それに伴って美しさの定義も変わります。社会課題を含めさまざまな観点から思考を巡らせることで将来の美、将来のカルチャーについてインスピレーションを受けられたら嬉しいです」と期待を寄せた。

少子化問題に影を落とす、ライフスタイルの進化と妊娠・出産を取り巻く環境のギャップ


オンライン共同編集を活用したアイスブレイクで参加者同士が関心のあるポイントを確かめ合った後に角田さんのプレゼンテーションが始まった。

角田さんは電機メーカーでR&Dと新規事業開発を経験したあとにフリーランスとして独立。3年間で大企業を中心に新規事業創出の伴走プロジェクトなどを50件ほど経験後、2020年にvivola株式会社を設立した。そんな角田さんがまずプレゼンの中で触れたのは、vivolaが不妊治療という社会課題に着目する理由について。

日本国内の少子化、人口減少問題は今や誰もが知るところだが、その実態は想像以上に深刻だ。2016年には出生数が100万人を割り込んで話題となったが、2020年の出生数はさらに下回って84万人、2021年はコロナ禍の影響もあり80万人を切ると予測されている。一方、不妊治療を受けている患者数は50万人以上。2022年度より不妊治療は保険適用となることが決まっているが、産みたくても産めない人のための環境整備は今後ますます求められるだろう。

女性の社会進出が進み、自由なキャリアを描く女性が増える一方で、それに比例するように第1子の出産年齢が年々上昇している。35歳以上の初産、いわゆる高齢出産は染色体異常の生じる割合が急激に上がり、着床後の死産・流産リスクが高まることが研究で明らかになっているが、生殖適齢期とされる20〜30代前半の若者の多くはそのような知識もなく、自身のキャリア形成だけで手一杯になっているのが実情である。

人生100年時代になっても女性のための医療や妊娠・出産を取り巻く環境は依然変わらず、現代的なライフスタイルとのギャップを生んでいることが少子化の背景として浮き彫りになっている。データ化による現状の把握や法整備が徐々に進んでいるとはいえ、道のりはまだ遠い。

不妊治療の課題を軽減し、治療の遠回りを減らすアプリ「cocoromi」とは


しかし、課題を抱えているのは医療や社会制度だけではない。病院によって治療方針や検査がまちまちで、判断や選定のため患者に高いリテラシーが求められる。また、不妊治療は通院頻度が高く待ち時間が長いため、仕事との両立が難しくいずれかを諦めてしまう人も少なくない。終わりの見えない治療に多くの時間と費用をつぎ込むことも、患者にとっては大きな負担となる。

そこで患者側の抱える課題を少しでも軽減するべく、角田さんは「cocoromi」の開発を始めた。「cocoromi」は、ともすれば不妊治療を受ける患者が手帳やExcelなどで記録しているような治療ログをデジタル化により負担なく記録することを可能にしている。また、体外受精に成功した人の統計データや患者自身の状況に近い同質データを参照したり、患者同士が安心して情報交換できるコミュニティにも参加できるアプリだ。

これらによって治療の判断材料とするためのデータエビデンスが得られるだけでなく、今後は仕事への影響を減らすオンライン診療システムも実証のための実験や取組みが始まる予定となっている。患者側と医師側、それぞれのデータを収集・蓄積することで、AIによる治療の個別最適化プログラムを医療機関に提供し、「治療の遠回り」を減らすことを目指す。

「学校では教えてくれない」化粧療法と不妊治療に共通する、リテラシー問題


後半は、資生堂 社会価値創造本部で高齢者やがんサバイバーの方を対象とする化粧療法に取り組む池山和幸、傷跡や治療の副作用の跡などをカバーすることも可能な「パーフェクトカバーファンデーション」の開発にも携わっていた資生堂グローバルイノベーションセンターでポイントメイクアップ製品を開発する政近桐子が加わり、fibonaのメンバーである古賀由希子の進行のもと、パネルディスカッションを行った。

化粧のちからを使って高齢者やがんサバイバーの課題解決に取り組む池山が強く共感したのは、患者と医療従事者の双方に求められるリテラシーの問題である。角田さんは、患者のリテラシーが向上しない理由として、治療法や選択肢が膨大にあり、体系的な理解が難しい現状を指摘した。

また、不妊治療を取り巻く課題はセンシティブな話題がゆえにタブー視され、広く議論されてこなかったことも情報共有の機会損失につながっている。妊娠や避妊の話は学校教育でも扱われるが、不妊については性教育の中でほぼ取り上げられない。20代まで避妊の重要性を説かれてきた女性たちが、30歳になった途端、一転して不妊の話で責め立てられる。そのギャップに「ついていけない」という声も多いと角田さんは打ち明けた。

それに対して「美容や化粧にも近いことが言えます」と池山が続く。化粧についての有用な知識を一般の学校で教わることはまずない。そのため、がんによる色素沈着に悩んだとき、巷に溢れる美容の情報とは直結せず諦めてしまう患者さんも多いのだそうだ。「肌の状態を確認し、適切な対処法を知って感激するがんサバイバーの方をたくさん目にしてきました。リテラシーは大事ですよね」という、開発のために多数の患者さんのインタビューを行ったことのある政近の言葉は切実だ。

治療と仕事の両立も深刻な課題になっている。「社内制度(ハード)で整えられる部分と、企業セミナーなどで当事者以外のリテラシーを高める(ソフト)部分の両側から環境を作っていくことが必要です」と角田さんは訴える。社内制度の整備に気を取られがちだが、制度が独り歩きした末に理解が伴わず形骸化してしまいがちという流れは「生理休暇」の例を見ても明らかだ。

難しいけれど面白い、社会課題への挑戦を止めない理由は「忘れられない原体験」にあり


後半は、課題の実態の話から自身の信念を貫いてキャリアを積み上げてきた3人の行動力の原点へと話題が進展。「経済活動も並行して成果をあげなければならない社会や組織の中で、社会課題に取り組む仲間を探すのは案外簡単ではないと思います。それでもなぜ皆さんはこの課題に取り組むのか、そのきっかけになっていることや自分を突き動かす原体験には何があるのでしょうか?」と進行の古賀が質問を投げかけた。

自身も長年にわたり患者の一人として不妊治療を受けてきた角田さんは、「もっと知識があれば」「効率的な治療の順序を選びたかった」と歯がゆい思いや後悔を多く体験してきた。角田さんがそこで起業の道を選んだのは、前職で0→1の事業開発の難しさと面白さを経験したからだという。「スタートアップとして活動をしていると、自分より若い世代の人と競う機会も多く気後れしてしまう部分もあります。でも私にはさまざまな事業を見てきた経験がありますし、この事業に関しては私自身が当事者です。自分が一番課題を理解しているという自信があります。」と力強く答えた。

池山は、現在取り組む化粧療法の活動の原点にある忘れられない光景を紹介。
「資生堂に入社しボランティアで通っていた高齢者施設のスタッフの方からこんな話を聞いたんです。施設内で恋愛をするおじいさんとおばあさんがいたんですが、ある日、おばあさんが歯磨き粉で洗顔を始めてしまったというんです。それは認知症だからではなく、おばあさんの持っている所持品の中で自分を美しくするためのアイテムがそれしかなかったからなんです。でも、施設を出ると目の前のドラッグストアには沢山の化粧品が並んでいるんですよ。それを聞いたときに、この状況や社会を変えなくてはと思って今に至っています。」

「化粧品で世の中を明るくしたい」と思い資生堂に入社した政近は、自ら手をあげて隣のチームで行われていた「パーフェクトカバーファンデーション」の開発に参画した。
「開発中の製品をお試しいただくパネルテストを開催すると、傷や痣などのお悩みを抱えた参加者の方々は皆うつむいて会場を訪れます。でも、製品を使ってその傷や痣が隠れたときに全然違う表情で会場を後にされるんです。パネルテストで何人もそういう方々の背中を見送ると、当時はまだ若かったんですが自分のやっていることの重みや責任を感じました。中には重い火傷跡など隠せない傷を抱えた方もいらっしゃったんですが『これを隠せるものを作ろう』とかえって燃えましたし、そういう経験があったからこそ、現在のメイクアップ製品の開発で何か困難があっても乗り越えてやろうと思うんです。」と負けん気の強さを覗かせつつ政近は自身の想いと原体験を語った。

パネルセッションの後はQ&Aセッションと小グループでのディスカッションへ。今回のMeetupは女性参加者の割合が高かった一方、男性からも積極的な質問が続々と挙がり、身近な課題でありながらブラックボックスと化している不妊治療への関心の高さが性別を超えてうかがえた。

不妊治療を受けるべきか悩んだ経験があるという男性参加者からは、「不妊治療を始めるべきか迷っている人達へのアプローチとして考えていることは?」との質問が寄せられた。角田さんは、プレコンセプションケアのためのYouTubeアニメ「プレニンカツ」の製作に加え、不妊治療に入る前のスクリーニング検査や健康診断へのAMH(抗ミュラー管ホルモン)検査のオプション導入などについて企業セミナーを通じて提案している旨を紹介した。

原体験に基づく迷いのない挑戦が周りを巻き込み、文化を変えていく


会の最後、fibonaプロジェクトオーナーの荒木秀文は「不妊治療という課題の重要性は理解しつつも、社会価値と経済価値の両立は悩ましいところ」と本音を覗かせながら、「これからの時代は、社会価値を提供できる会社が支持されます。迷わず社会価値を推進すれば、結果として経済価値が付いてくるという発想をまずは持つことが重要ですし、なんとか道を切り開いていきたいなと思います。」とクロージングメッセージを述べ、イベントを締めくくった。

多様なライフスタイルが推奨される世の中になってきた一方では妊娠・出産の課題、はたまた高齢者やガンサバイバーの方々にとっての化粧のちからがまだまだ届く環境にはなりきれていないことなど、依然として社会には沢山のアップデートが追いついていない文化が横たわっている。

目の前にある社会課題の萌芽と向き合い、しっかりと軸を持って挑戦し続ける人の想いは周りを巻き込む強い力がある。参加者からは「今日のMeetupでは社会課題の話はもちろん、そもそもの目の前の仕事や課題への向き合い方も沢山学びました」という感想があがっていたが、今回の会の参加者のように触発されて少しでも社会や身の回りの課題に向き合う人が増えることこそが文化を変えることに繋がり、角田さんの活動をはじめさまざまな挑戦を後押しするのではないかと感じるMeetupだった。

<プロフィール>
vivola株式会社 CEO  角田 夕香里(つのだゆかり)

2009年ソニー株式会社入社。R&Dにて機能性デバイス等の開発に従事した後、研究所の同僚と社内新規事業提案制度を活用してライフスタイル製品を立ち上げ。2016年退社後、フリーとして、様々な業界の新規事業支援を行い、近年は社会課題のテーマに積極的に参画。自身も婦人科系疾患や不妊治療の経験を経て、患者が治療を体系的に理解するための形式知化、治療のデータエビデンスへのアクセシビリティに課題を感じ、2020年女性医療×AIを事業領域とするvivola株式会社設立。女性がライフステージによらず主体的に生きられる世界を、データエビデンスに基づいたソリューションで実現を目指す。
★vivola(ビボラ)株式会社 https://www.vivola.jp/
★不妊治療を支援する検索サービス「cocoromi(ココロミ)」 https://lp.cocoromi.com/

Project

Cultivation

ビューティー分野に関連する異業種の方々と資生堂研究員とのミートアップを開催し、美に関する多様な知と人を融合し、イノベーションを生み出す研究員の熱意やアイディアを 刺激する風土を作ります。

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