資生堂のグローバルイノベーションセンターであるS/PARKのインスピレーションを発信するべく、世界各国のさまざまなアーティストやクリエイターにインタビューをしていく当企画。今回はデンマーク政府をはじめに、ヨーロッパを中心とした企業のデザインなどを手がける傍ら、日本企業のブランディングなども行う北欧屈指のデザイン会社であるコントラプンクトのエグゼキュティブ・クリエイティブ・ディレクターであるフィリップ・リンネマンさんに会いに、東京・青山のオフィスに訪れた。S/PARK創設にあたって担当したロゴや館内サイネージ、オリジナルのタイプデザイン(書体)の制作について、そして彼のインスピレーションについて聞く。

――今回、S/PARKのプロジェクトをコントラプンクトが手がけることとなったきっかけはなんでしたか?

資生堂のデザイナーの方から、コラボレーションできないかという相談のご連絡をいただきました。喜んで引き受けたいと思い、それがこのプロジェクトの始まりです。私たちはプロジェクトの依頼を受けると、まずそのコンセプトをデザインするためのリサーチをします。早速資生堂のデザインの歴史を辿っていくと、たくさんの昔のポスターが出てきて、瞬時にそれらの虜になりました。デンマークのデザイナーからすると、色の合わせ方やイラストの使い方もすごく斬新。すごくモダンでユニークに見えました。それらと一緒に発見したのが、資生堂の昔のタイプフェイス。とてもユニークで美しいと思いました。私たち西洋人にとって、日本語のタイプフェイスの見分けがつくのは珍しいこと。すごく印象的で、資生堂のデザインヘリテージが色濃く映し出されていると感じました。そうして今回のプロジェクトではそのタイプフェイスに注目することになり、まず出来上がったのがS/PARKのロゴ。アイコニックな「S」の曲線は、昔のタイプフェイスの「S」の影を投影した形をイメージして作成しました。このデザインを元に、他の文字も制作していきました。

その他のケーススタディは、コントラプンクトのウェブサイト

――デンマーク、日本、そして世界中のさまざまな企業のデザインを手がけていますね。そのなかでコントラプンクトのポリシーとしていることや、コントラプンクト“らしさ”を失わないために気をつけていることを教えてください。

いつも私たちが気をつけていることのひとつに、「私たちがすることの全てがホリスティックに考えられているか」、ということがあります。そのものが持っているコンテキストや、それがどういうかたちで使用されるのか、そしてそれを取り巻くさまざまな要素、といったことを考えずに判断を下してしまうということは避けるよう心がけています。例を挙げるなら、今回のS/PARKのプロジェクトで始めに依頼されたのはタイプデザインとピクトグラム、サイネージとテーマカラーの制作でした。ですが、私たちはロゴもつくらなくてはならない。すべての要素が同じ言語を話していることが大切なんです。なので私たちがつくったデザインが、nendoが担当したS /PARK館内のインテリアと調和しているかということにも気を配りました。この考え方を「ホリスティック・ブランディング」と呼んでいて、私たちが担当するすべてのプロジェクトに取り入れています。

――そういったコントラプンクトとしての理念を理解してもらうのに苦労するときはありますか?そういったときはどうしているのでしょうか。

もちろん、いつも1日や2日で理解してもらえるわけではありません。長い時間を要するので、それこそが私たちがクライアントとの長期的な付き合いを大切にする理由のひとつになっています。私たちとクライアントとのつながりが強くなればなるほど、ひとつのプロジェクトチームのような関係性でコラボレーションすることが可能です。だから私たちはお互いを助け合うことをしますし、アイデアを独占しようとはしません。オープンなデザインプロセスで、できるだけ協力し合い、ひとつのデザインユニットになるんです。半年、一年、数年とかけてつくっていく企業のブランドというものは、手塩をかけて育て上げる庭園のようなものだと私たちは考えています。つくって、アップデートして、を繰り返していく。私たちはブランドというものをそういう風に見ています。

――日本に対する印象について教えてください。

コントラプンクトと日本との付き合いのはじまりは、遡ること18年ほど前。銀座グラフィック・ギャラリーで初めて展示を行った際に、僕の父であり、現在はコントラプンクト・ジャパンのマネージャーであり、コントラプンクトの創業者であるボー・リンネマンが、日本の文化や食、人、とにかくすべてにすっかり魅了されてしまいました。それからというもの、日本とデンマークのデザインの違いと共通点とを研究し続けることが、僕たちのミッションのひとつとなりました。そういった日本への興味が、日本にもオフィスを構えることにまでつながっていったんです。そんななかで思うことは、デンマークと日本のカルチャーには共通点がたくさんあるということ。特に価値観はすごく似ているように感じます。ミニマリズムやクラフトマンシップが尊重されているなど。それから、デンマーク人と日本人は似たように謙虚だと思います。だから日本人とは会話がスムーズなんです。

――日本とデンマークは国民性だけじゃなく、デザインでも共通点が多いですよね?

デンマークにある多くのデザインのフィロソフィーは、昔の日本の価値観をベースにしています。歴史を振り返ってみると、デンマークのデザインは1920年から30年代にアルネ・ヤコブセンやハンス・J・ウェグナー、コーア・クリント、そしてクヌート・V・エンゲルハートといった多くのすばらしいデザイナーや建築家、そして家具デザイナーなどによって発展しました。彼らのインスピレーション源は、ドイツのバウハウス。そしてドイツのそういった人たちは当時、日本からインスピレーションを得ていたんです。バルセロナ・パビリオンを建てた建築家のルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエにしても、彼のスタイルを少し研究すれば、彼もまた日本の伝統的な古い建築物から影響を受けていることがわかります。その象徴として、室内と屋外をひとつなぎにしたようなデザインを取り入れていて、開放的な窓や扉を用いるフィロソフィーは日本から来ているんです。そういったことがあり、デンマークでデザインをやっている人にとって日本はすごく馴染みのある国なんですよ。

――日本企業とのコラボレーションでは、どんなことが求められていると感じますか

私たちデンマーク人が得意としていることで、私たちの日本のクライアントが非常に興味を持ってくれていることに、企業の情報やアイデアをどんどんシェアする姿勢、というものがあると思います。社内情報や、これまでだったら企業秘密と言われるようなものをよりオープンにして、実際の仕事場も開放的な空間にしていくこと。そういったことに価値を置くアイデアをたくさんの人が持つことは、ビジネスカルチャーにおける大きな変化だと思います。日本は歴史や地理的なこともあり難しい部分も多いように感じますが、これからはもっと個々の企業としてよりも、社会全体で考えることが増えていくはず。僕はそれをすごく楽しみにしています。
なので、コントラプンクトとして日本で積極的にやっていきたいのは、競合と言われるような企業同士でこそコラボレーションをする機会を増やしていくこと。例えば、私たちと日本の広告代理店が一緒にプロジェクトをやるなど。言うのは簡単かもしれないけど、実現させるのはなかなか難しいことだと思っています。そのためには、よく考えられたデザインプロセスとそれに対する理解が必要。私たちとのコラボレーションや、会話を広げやすくして信頼関係を築きやすくしてくれるようなツールやレファレンスが必要ですね。結局、最後に最も重要なのは信頼ということです。お互いのことを信用できればコラボレーションは難しくないはず。この先もコントラプンクトでは、私たちがデザインをして、デザインプロセスに用いることでより協力的な環境やクリエイティブな環境をファシリテートできるツールやメソッドの研究を進めていきたいと考えています。

――最後に、フィリップさんのインスピレーション源を教えてください。

インスピレーションはいろんなところから得ることができると思っています。人と話す、新しい人に出会う、新しいカルチャーを知る、旅をする。コントラプンクトでは、企業のヘリテージからインスピレーションを得るということもよくしています。僕のパーソナルなインスピレーション源は、写真を撮ること。こうして日本にいる間もたくさん写真を撮っています。工事現場とか、主に建築物を撮ります。読むことも好きで、過去のデザイナーたちがどういった書物を読んでいたか、そしてどんなところからインスピレーションを得ていたか、ということにも興味があります。それと、クラフトマンシップに触れること。ちょうど先週は浜松にある老舗の着物屋に行ってきたんです。布の包みに感銘を受けました。着物工場に行って、その包装に魅せられるとは。こういう予測できない発見はインスピレーションになります。だから日頃からクライアントと一緒に地方に行って、ワークショップをすることも多い。いろんな人や土地のクラフトマンシップから得られるインスピレーションは、たくさんありますね。

35年にわたり、カールスバーグ、ノーマ、DNP、デンソー、ノボノルディスク、コカコーラ、三菱モーターズ、カリモク、タサキ、アシックスタイガー、そしてニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館やアルケン近代美術館といったデンマークの施設などをクライアントとして持つコントラプンクト。現在はコペンハーゲンと東京のオフィスに60名以上のデザイナーやストラテジストが在籍している。