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アート×サイエンスの相互作用で探索する未来の社会「Around Beauty Meetup #10」開催

2022.02.21

美にまつわる社内外のさまざまなイノベーターが集まり交流する「Around Beauty Meetup」。記念すべき10回目の今回は「スケールの異なる概念をハーモナイズすることで生まれる美」というテーマのもと、バイオアーティストの清水陽子さんを迎えての対話が開催された。

オープニングスピーチが終わると参加者はアイスブレイクに参加し、今回のテーマの中でも取り扱われる「アートとサイエンス」について想起することを思い思いにオンライン上に書き込んだ。香料の研究に携わる参加者は自身の仕事を振り返り「香り」にアートとサイエンスを感じると語るなど、アートとサイエンスに関わる美への想いが述べられた。

思考のウォーミングアップができたところで、Meetupはいよいよ本題へ。清水さんは2017年に資生堂ギャラリーで開催されたリンクオブライフ展にて作品を展示した経歴があり、資生堂ともゆかりの深い方である。そんなこれまでの関わりに触れながらfibonaの古賀由希子が「いろいろな概念を結びつける発想はいかに生み出されたのか、また作品を通じた未来への問いかけにまつわる思いが伺えるのでは」と期待を込めて清水さんを紹介し、バトンを渡した。

アートは問いを見つけ、デザインはソリューションを見つける


オーストリアにある世界的研究機関アルスエレクトロニカ・フューチャーラボを拠点に現在活動をしている清水さん。バイオ・ケミストリーを専門分野とし、科学と技術を融合した作品を発表する傍ら、企業や教育機関との共同研究やクリエイティブなまちづくりにも参画している。

アートに携わる者にとって「アートとデザインの違い」は永遠に繰り返される命題の一つである。これに対しアルスエレクトロニカでは「アートは問いを見つけ、デザインはソリューションを見つけるもの」と答える。一つの物事を全方位的に検討するために問いを広げていく過程がアートであり、それをソリューションとして社会にアウトプットする際に求められるのがデザインという考え方だ。清水さんはこのアートとデザインの関係性を例に挙げ、「サイエンスとテクノロジーの間にも似た関係性がみられます。私たちはサイエンスで見つけた問いについて研究を深め、テクノロジーとして社会に実装しています」と解説する。

自然界の営みに学び、ノイズとシグナルを再定義する


その上で清水さんは、従来の無機的なテクノロジーから有機的なテクノロジーへと時代が変わりつつあることを指摘する。アルスエレクトロニカ・フューチャーラボのストリーミングチャンネルでは、現代社会の変化を捉えバイオロジーアートに関するプログラムを多く配信しているという。

例えば、清水さんは世界最大手のペンタブレット企業ワコムとともに「フューチャー・インク」という共同プロジェクトで「バイオ・インク」のプロトタイプを開発した。デジタルペンの先端に専用のチップを取り付け、微生物を含む生きたインクで書いた文字やドローイングが時間と共に成長する。「Dear Future Me(未来の私へのメッセージ)」と題したワークショップでは、生きたインクで書いた微生物文字や絵が培地上でどんどん成長し、書き手すら意図しなかった美しいパターンが多数生まれた。このプロジェクトのテーマは「ノイズ」。一般的に、デジタル技術はインプットされたデータのうち、ごく一部の必要なデータだけを使い、目的以外のデータはすべてノイズとして排除している。しかし、そのように排除したデータにこそ重要な情報やクリエイティブが隠れているのではないかと清水さんは語る。

また、清水さんはアート、生命、宇宙をキーワードに、自然から学び宇宙と共創する活動にも力を入れている。その活動の一つとしてアメリカでBeyond Earthという宇宙アートの団体を設立し、DNAデータストレージサービスを手掛けるアメリカのバイオテクノロジー企業Twist Bioscienceとバイオアートのプロジェクトでコラボレーションをしている。このプロジェクトでは植物やバクテリア、人のDNAのコラージュをバイナリデータに変換した上で、さらにDNAの塩基配列に変換し、ミクロの乾燥DNAとして金属のカプセルに保存して宇宙へと送る。現状、宇宙には大きな物体を送ることができないため、「いかに小さい状態で運搬し宇宙で展開するか」という研究が進められている。そこで、DNAという形で自然界からその手法を学ぼう、という試みである。

対話とコラボレーションが未来へのブレイクスルーになる


このような多種多様なコラボレーションをしていく上で、「クリエイティブなコミュニティでのコラボレーションが重要」と清水さんは語る。アルスエレクトロニカ・フェスティバルはまさにその例で、40年間でリンツ市の鉄鋼産業が衰退しつつある中、クリエイティブな方法で社会の未来を創造しようというコンセプトから生まれたフェスティバルだ。繰り返し開催することで、世界中の研究者や団体が集い、インスパイアし合う世界的アートフェスへと成長した。

また、千葉県松戸市では水戸藩最後の藩主、徳川昭武の別邸を舞台に「科学と芸術の丘」というイベントを毎年10〜11月に開催している。清水さんが設立し、現在も監修を手掛けるこのイベントは、トップダウンではなく若手クリエイターたちによって有機的に運営されているのが特徴で、子供から大人まで世代を超えて、最先端のテクノロジーや科学的研究をアートとして体験できる。地域の歴史的建造物を会場にした点も、地域にクリエイティブの芽を育てることに一役買っている。伝統と革新が地域にコミュニティを生み、教育の機会を与え、地域の文化政策の中心として街全体の発展に貢献しているというわけだ。

清水さんは最後に「分野やバックグラウンド、世代を超えて問いを提示しながら未来について対話することは、未来の社会を築く上で素晴らしいブレイクスルーになると思います。fibonaでもそのような場づくりを行っていらっしゃるので、今日は未来の社会へのインスピレーションとなる対話ができればうれしいです」と語り、プレゼンテーションを結んだ。

アーティストの軽やかさと主観性、サイエンティストの分析力と客観性


後半は、資生堂 グローバルイノベーションセンターでR&D戦略の立案や戦略に基づく研究推進に取り組む野田賢二、肌の基礎研究を行っている向江志朗が加わり、fibonaメンバーの星野拓馬による進行のもと、パネルディスカッションを行った。

清水さんのプレゼンテーションを受け、野田は「現在携わっている戦略の仕事がまさにアートとサイエンスを掛け合わせるもの」と語る。「どちらが優れているということではなく、それぞれの特徴を活かすことが大事です。サイエンスは客観を必須とするもので、アートは主観を核にするものだと考えています。R&Dの戦略は双方を行き来しながら作っています」と視点の違いをコメントした。

研究者として日々ビューティーの課題に向き合う一方で、shiseido art eggを通じてアーティストとも関わりの多い向江は「アーティストのほうが手法にこだわらず、革新に対して軽やかな印象があります。研究者は自分の専門性や手法にこだわる傾向があるので、アーティストの革新に対する捉え方は研究者にとっても学びになるのではないでしょうか」と両者が交差する可能性を示唆する。清水さんもそれに賛同し、「日本では文系理系を分ける過去の教育システムが根強いですが、ダ・ヴィンチのように科学的な分析や洞察力から世界的芸術作品を生み出す例もあります。アートとサイエンスを分断しない発想は歴史的なブレイクスルーにつながるのではないかと思います」とコメントした。

「何のためにつくるのか」、脱・人間中心思想と資生堂の研究の共通項


野田は清水さんのプレゼンテーションを受けてもう一点、「この先DXなど世の中が便利になる一方、便利になること自体は必ずしも幸せとは直結しないのだと感じました」と自身の気付きを紹介する。その上で「人生には『自分にとっての生きる意味』と、『何をできるかでなく、それぞれの存在そのものを認める心やそれを帰属できる場』の2つがあることが重要だと思います。コミュニティを作り、問いを見出し続ける清水さんの活動は、まさにその2つを生み出しているのだと感じました」と続けた。

そのコメントに清水さんも頷き、「『何のために、誰のために』という問いは未来を作るビジョンにおいて重要です。これまでのように人間中心的に、技術によって何でも作ればいいというわけではなく、私たちそして他の生き物を含めた地球全体にとって意味のあるものは何かを考えることが重要だと思います」と、人間中心的な考え方から脱却しつつある社会の傾向を補足した。その上で、清水さんをはじめアルスエレクトロニカ・フューチャーラボでテーマに掲げている「ビヨンド・コンピューティング」は資生堂の研究やfibonaの取り組みそのものではないかと語り、「デジタルな社会にとらわれず、自然界における生命のあり方を研究し、人々のためのテクノロジー、製品、サービスとして提供されている点はまさにビヨンド・コンピューティング。未来の社会のために提供、対話できる場が増えるといいなと思います」と期待を寄せた。

未来を感じさせるトークに参加者も興味津々の様子で、ある参加者からは「これからアートとサイエンスはどのように融合し、意義を変化させていくと思いますか?」と質問が寄せられた。清水さんは「テクノロジーを使って最短で効率よく豊かな社会を築いていく、という人間中心的な発想からブレイクスルーするためには、アートとサイエンスそれぞれの専門性は維持しながらも、互いに融合していくことが必要で、未来の社会に向けてそれらがインタラクションしながら進化していくと素晴らしいと思う」と答え、インタラクションで相互に刺激し合いながら進化していく未来像を提案した。

問いを広げるアート思考と共創するコミュニティが新たな視点を生む


ここまでのパネルセッションを受ける形で、参加者は小グループに分かれて意見交換を行った。印象に残るトピックが多いセッションがゆえに話題は多岐にのぼったが、特に「ノイズ」を見直すことへの反響は大きく、「『肌のゆらぎ』もノイズであり個性と言えるのかもしれない。ゆらいだほうが生命らしくて良いという見方もできないか」という感想などを聞くことができた。テクノロジーの進化を改めて問い直す、アート思考的な発想が今回のイベントを通じて参加者へ確かにインストールされたようだ。

最後に、fibonaのプロジェクトリーダーである中西裕子がイベントの内容を総括するクロージングメッセージを寄せた。「アートが持つ自由や平等にあふれる思想に対して安心感を覚えるとともに、社会や自分の中に隠れているバイアスにも気付かされました」と新たな視点を得たことを共有しつつ、コミュニティや相互作用の重要性にも触れ、「共創が大事なのだと再認識しました。fibonaの活動でも安心感を得られるコミュニティを育てていきたいと思います」とコメントし、今回のMeetupは幕を下ろした。

研究の進化、テクノロジーの進化と聞くとデジタル的で無機質なものを連想しがちだが、ノイズとしてこれまで削ぎ落とされてきたものから学びを得るという試みには発掘の余地が十分にありそうだ。まだ見ぬ新しいアイデアが数多く眠っていることに胸が高鳴る。360度全方位的に問いを投げかけ続ける姿勢に勇気づけられるMeetupとなった。

<プロフィール>
アーティスト・生物化学研究者 清水 陽子(しみず ようこ)

オーストリアのリンツを拠点にするアーティストで生物化学の研究者。科学と芸術を融合するテクノロジーや作品をグローバルに研究、制作、発表する。アメリカで育ちNY のアートに影響を受ける。大学では生物化学を専攻。制作会社においてクリエイティブ・ディレクター兼コンサルタントとしてキャリアをスタートし、後に自身のスタジオ兼ラボにおいてバイオテクノロジーなどの先端科学を用いたデザインを研究しながら、ギャラリー、ミュージアム、企業、行政と協業。国際放送局でのパーソナリティや、グローバルイベントにおけるトークやパフォーマンスなど、メディアを通じた活動の他、各種芸術賞を受賞。現在、Ars Electronica Futurelabのアーティストおよび研究員として、企業や行政のクリエイティブなイノベーションプロジェクトをグローバルにマネジメントも行う。

Yoko Shimizu - Official Website https://yokoshimizu.com/

Project

Cultivation

ビューティー分野に関連する異業種の方々と資生堂研究員とのミートアップを開催し、美に関する多様な知と人を融合し、イノベーションを生み出す研究員の熱意やアイディアを 刺激する風土を作ります。

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