予想を大きく上回る来場者数を達成。SCENTMATICとの共創が生んだ“新たな香り体験”の可能性
2022.09.14資生堂の研究所が主導するオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」。その活動の柱のひとつである「Co-Creation with Startups」では、スタートアップ企業の斬新なアイデアやユニークな技術を、資生堂ならではの研究領域の知見・技術・サービスと融合させることでイノベーションの創出を目指していく。
fibonaが
2021年11月に開催したスタートアップ審査で採択された会社のひとつが、
SCENTMATIC(セントマティック)株式会社だ。セントマティックは、香りを言語に変換すると同時に、言葉から香りを選び出すことができるAIシステム「KAORIUM(カオリウム)」を開発、サービスを提供している。
fibonaとの共創により、2022年7月からは資生堂の香りを搭載した新たな香り体験システムを、横浜・みなとみらいに位置する資生堂グローバルイノベーションセンター(S/PARK)の1Fに設置。KAORIUMのブースには、予想を大きく上回る数のお客さまが来場している。
セントマティックが開発したKAORIUMは、「香りと言葉の変換システム」だ。
実際に、お客さまが複数の香りを嗅ぎ、自分の好きな香りを選ぶと、その香りの印象が「爽やか」「透明感」「艷やか」「みずみずしい」などの言葉で可視化される。この体験を通じて、これまで曖昧で捉えにくかった「香り」が、「言葉」によって輪郭を与えられていく。
逆に、好きなキーワードを起点に好みの香りを探索していくこともできる。「香り→言葉」「言葉→香り」を相互に変換できるユニークなAIツールだ。
複数の香りから自分の好みの香りを何回か選んでいくことで、AIが「あなたが求めているのは○○のような香り」と導き出してくれる。
KAORIUMは、どんな新たな香りの体験を生み出しているのか。日本人により制作された初めての本格的な香水といわれる「花椿」を発売した歴史を持つ資生堂との共創によって、どのような新たな価値が生まれるのか。
セントマティックの栗栖俊治さん、渡辺晋さん、fibonaメンバーで共創プロジェクトをリードするブランド価値開発研究所の幸島柚里、庄司健との対談の様子をレポートする。
「利便性」より「豊かさ」を生み出すために
──まずは、セントマティックのおふたりに伺います。自己紹介と合わせて、KAORIUM開発の背景を教えていただけますか。
栗栖:
セントマティック株式会社 代表取締役の栗栖です。前職の通信系企業では、スマートフォン向け新サービスの企画開発を担当していました。前職時代の僕は「ちょっと便利になる」「検索時間が10秒短くなる」といった“利便性”に集約されるサービスの開発を担当していました。
その後、2015年からシリコンバレーにあるベンチャーキャピタル(投資会社)に出向し、現地のスタートアップと自社を結びつける業務に携わるなかで、“利便性”よりも“豊かさ”を作り出すような仕事がしたい、という思いが湧いてきたんです。
マイナスをゼロに近づける利便性よりも、ゼロをプラスにするような豊かさって何だろうと考えた中で、最終的には「香り」に行き着きました。生活をちょっと豊かにしてくれる「香り」と僕が培ってきたAIのアセットを絡めてできることを考えた結果、前職を退職して2019年にセントマティックを立ち上げることにしました。
渡辺:
fibonaとの共創でプロジェクトマネージャーを務めている渡辺です。セントマティックに入社したのは2020年。それ以来、KAORIUMがさまざまな領域に展開していく様子を一番近くで見てきた社員のひとりです。
──資生堂の研究所で香料の開発に関わる幸島さん、庄司さんの目には、KAORIUMはどう映りましたか。
幸島:
今回のコラボが始まる以前から、セントマティックさんのことは知っていました。私自身も香りの価値を伝える研究に取り組んでいるのですが、2021年にNOSE SHOP(世界中の香水を集めたセレクトショップ)でKAORIUMを体験して「これはすごい」と衝撃を受けたんです。香りという目に見えないものを、すごく上手に言語化、価値化されていると。
今はfibonaのメンバー兼香料研究員として、KAORIUMを通じてセントマティックさんと香りの価値を伝える体験づくり、そこから見えてくるデータ分析でご一緒しています。
庄司:
私は入社以来30年弱、ずっと香料の研究に携わり、香りを感情や感覚を形容する言語に分類・表現する研究もしてきました。
KAORIUMについては幸島さんから話を聞き、言語を使った香り研究として非常に興味を持ちました。大元の発想は我々の研究と通じる部分もありますが、AIを絡めつつ、ハード面ではとても斬新なアイデアなどが盛り込まれていて、すごく魅力的なツールだと感じました。
大企業でありながら挑戦的な姿勢に共感
──セントマティックが2021年にfibonaのスタートアップ審査に応募した動機は何だったのでしょうか。
栗栖:
当時すでにKAORIUMは各方面で評価をいただいていましたが、もっと幅広い活用ポテンシャルがあるはずだ、という確信がありました。けれども、我々のような小さな企業ではなかなか大きなうねりは起こせない。そうした状況を踏まえたうえで、香りに対する感性が近いであろう資生堂さんとなら、大きなシナジーを生み出せるだろうという予感がしたんです。
渡辺:
私たちのようなベンチャーが、資生堂さんのような大きなパートナーさんと組ませていただく意味はとても大きいと感じています。もちろん、ただ恩恵を受けるだけではなく、我々だからこそ提供できるユニークな体験やデータの使い方の提案もあるはずだと思っているので、チャンスがあればぜひ共創を実現したいと思っていました。
オープンイノベーションのプロジェクトを継続的に実施している大企業は、日本ではまだまだ少ないですよね。我々のようなベンチャーは日々挑戦しかない状況ですが、資生堂さんは大企業であってもfibonaのような挑戦的な施策を続けていらっしゃる。その姿勢にも共感を抱きましたし、幸島さんがスタートアップ審査の開催前からKAORIUMをご存知だったことも、日頃からアンテナを張っていらっしゃるんだなと強く感じました。
幸島:
セントマティックさんは、香りを作るのではなく、「香りをお客さまがどう感じるのか」を深く追跡してデータに換え、それをKAORIUMを通じてお客さまの体験として提供されていますよね。そこは唯一無二の魅力だと思っています。
告知記事がバズって期待を大きく上回る来場者数を達成
──セントマティックとfibonaの共創、実際に取り組まれていかがでしたか。
栗栖:
香りを開発されている研究者の方々との共創ですから、様々な気づきをいただいています。「香りとはこんなにも緻密につくられている世界なんだ」とコミュニケーションを通じて実感しますね。
同時に、香りは価値が伝わりにくい領域であると再確認しました。どれだけ緻密な計算や情熱を持って開発しても、お客さまは「いい匂いだね」だけで終わってしまうこともある。だからこそKAORIUMにできることがあるはずだと思います。
幸島:
同感です。目に見えないし、化粧品のように機能もアピールすることが難しい香りの価値をどう伝えるかは、私たちも課題に感じていることです。
その伝達手段を模索するアプローチの一環として、7月から資生堂の香りを搭載したKAORIUMをS/PARKで体験できるイベントを企画したところ、今までにないほどの反響があって驚いています。
──どんな反響がありましたか? どんな方が体験されているのでしょうか。
幸島:
3カ月間と長めの期間限定イベントにしたのですが、なんと開始1週間で目標の3分の2相当のお客さまがいらしてくださったんですね。メディアの紹介記事がTwitterでここまでバズるとは想像していませんでした。
庄司:
女性だけでなく、カップルや男性おひとりのお客さまもいらっしゃいました。当初はあまりの待ち時間の長さに途中でお帰りになられた方々もいらして非常に申し訳なかったです。
幸島:
ダンディな70代男性の方もわざわざ体験しに来てくださいました。いろんな年代、性別の方々の生の声を聞いて思うのは、「好きな香りの軸は1種類じゃない」ということ。「普段はこういう香りが好きだけど、今は運動後だからこっちの気分」など、時間帯や気分によって異なるリアルな声を目の前で聞けるのは、私たち研究員にとって本当に貴重な体験です。
──お客さまのリアルな声は、今後の開発にも活かしていくのでしょうか。
幸島:
この共創イベントには、研究視点で2つの目的があります。まずひとつめは、お客さまが香りをどう感じているのか、私たち研究員がより明確に理解するヒントをいただくこと。
もうひとつは、お客さまの感性を深掘りしたデータをどう次のステップに活かすか検討することです。「華やか」「柔らか」などいろんな切り口で香りを捉えたときに何が見えてくるのか。「好き」が多様化していく中で、お客さまに好きになってもらえる香りや印象に残る香りはどんなものか。今後は収集したデータの分析を通じて確かめていくつもりです。
渡辺:
今回は資生堂さんの香りをKAORIUMに搭載しているのですが、香りを開発する側のこだわりの強さも端々から感じられましたね。
例えば、ただの「ラベンダー」とかではなく、香りの名前がまるで一遍の詩のように長くて情報量がギュッと詰まっているんですよ。システムの都合上、全部の文字数は盛り込めなかったのですが、そこで削ぎ落としたものを体験としてお伝えするのがKAORIUMの役割のひとつでもあるんだな、と気づかされました。
幸島:
私が驚いたのは、KAORIUMを体験することで、お客さまの香り感度が上がっていったことです。「シトラスってこういう香りなんだ」と、実際に香りを嗅ぎながら言葉を見るという体験をすることで、香りの感度が一段上がるんですね。曖昧だった香りの印象がだんだんクリアになっていく。今回、そんな光景を何度も見ました。
庄司:
わかります。私も最初は「4種の香りを比べたけど、違いがわからない」とおっしゃる方もいるのではないかなと思っていたのですが、ほとんどの方が違いを理解したうえで自分の好みの香りを選んでいらっしゃるんですね。しかも、本当に楽しそうに選んでくださる方が多かった。
双方向のコミュニケーションを挟みながら進めさせて頂いているのですが、途中で「言葉にすると同じ『華やか』でも、香りにそれぞれ違いがある」などの感想を頂くこともあり、「今この過程で、しっかりと実感頂きながら香りの紹介もできているんだ」という手応えがありました。
「花椿」から100年余、香りの価値を再考する
──最後に、共創を通じて今後やってみたいことや目標などがあればお聞かせください。
渡辺:
セントマティックは「世界に溢れる香りを日々の豊かさとして感じられる未来をつくりたい」というビジョンを掲げています。今はまだ「香水好き」や「日本酒好き」など、限定的なところに新しい価値を届けている段階ですが、いずれは人類すべてを対象にできたらいいなと。
そのための一歩として、資生堂さんを通じて「ビューティー」に興味をお持ちの方々にもアプローチして裾野をさらに広げていきたいですね。
栗栖:
フレグランスの市場だけで比較すると、日本と海外では規模がまったく違います。海外の方が圧倒的に領域が広く、規模が大きい。
すでにKAORIUMの英語版プロトタイプで、ネイティブの人たちを対象にユーザーテストなどを実施しているんですが、10点満点中で平均点が9.4と非常に高評価をいただいています。近い将来、資生堂さんとの共創を通じて、香りの楽しさと豊かさを海外の人々にも届ける機会を実現できたら嬉しいです。
幸島:
私たちとしては、最終的には資生堂の製品として形にすることにチャレンジしたいという思いがあります。そのうえで、モノだけではなく、今まで伝えきれなかった香りの価値も情報や体験としてお届けしていきたい。日本の香り文化をリードしてきた資生堂という会社だからこそできる共創の取り組みが形になるよう、今後もがんばっていきたいと思います。
庄司:
日本人の手で制作された最初の本格的香水は、1917年に資生堂が発売した「花椿」と言われています。
当時の香水は「自らを演出するもの」でしたが、そこから約100年を経て、最近では「自分をリラックスさせてくれる」香りの価値が高まってきているように感じます。
私も今回の共創を通じて、お客さまの香りへの強い期待を再認識できました。ここから、香りと価値をしっかりと結びつけ、その価値をお客さまにお届けできるようにしていきたいですね。
〈KAORIUM体験サービス概要〉
■期間:2022年7月14日(木)~10月14日(金)時間:12:00~18:00 ※水曜・日曜、はサービス停止
■場所:資生堂グローバルイノベーションセンター(S/PARK)1階 MAP
■体験料金:無料
(text: Hanae Abe edit: Kaori Sasagawa)
Project
Co-creation with startups
Activity
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