「動的な美」をスコア化し、歩容から心身を美しくする。ORPHE社との共創で生まれた新たな美のアプローチ
2023.06.28資生堂研究所のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」。その活動の柱のひとつに、スタートアップ企業との共創を進める「Co-Creation with Startups」プログラムがある。
株式会社ORPHE(オルフェ)は、2019年の第1回スタートアップ審査で採択されたパートナー企業のうちの一社だ。センサーやコンピュータを内蔵した「スマートシューズ」によって、歩容を解析するテクノロジーを開発するORPHE社との共創ーー。4年目を迎えたいま、どのような成果が生まれようとしているのか。
株式会社ORPHEの宮田知起さん、ブランド価値開発研究所の研究員でS/PARK Studio店長の白土真紀、fibonaメンバーとして共創プロジェクトを推進してきた柳原茜の3人に、fibonaメンバーの佐伯百合子が聞いた。
「動的な美」からスタートした歩容の研究
──まずは、ORPHE社が展開しているプロダクトや、fibonaとの共創の背景について教えてください
宮田:
ORPHEは靴底に小型センサーを内蔵する「スマートシューズ」と、それに連動するアプリを開発している企業です。
他社にない強みは、歩行やランニングに特化した指標を取得できる点です。着地の角度、歩く速度、ストライドの長さなど、センサーから得た計測結果をデータ化し、アプリで表示することによって、ユーザーの方が自分の歩行を客観的に捉えるサービスを展開しています。
私はプロジェクトマネージャーとして、シューズの企画・設計からアプリケーション開発までプロダクト全体を横断して担当しています。
柳原:
私はR&D戦略部のメンバーとして、普段は研究戦略の立案や遂行、外部技術の探索などを担当していますが、fibonaでは歩容(歩行パターン)研究にも取り組んでいます。
資生堂でも2016年から、白土さんが中心となって歩容の研究をしてきましたが、当時は歩容の美しさの評価法を開発することがメインでしたよね?
白土:
はい、私はブランド価値開発研究所のシニアスペシャリストとして運動が美容と健康にもたらす影響を研究しているのですが、資生堂における歩容研究のもとをたどると、2020年のオリンピック開催地が東京に決まった頃にまで遡ります。
東京オリンピック開催をきっかけに、資生堂でも「静的」な美ではなく「動的」なアクティブな美を研究していこうという流れがありました。
とはいえ、資生堂は化粧品をメインに扱っている会社ですから、「動的な美ってそもそもどんな美なのか?」と考えるところがスタート地点でした。
「動的」な所作には立つ、座る、歩くなどさまざまなものがありますが、日本舞踊の先生やバレエダンサー、ウォーキング指導者などへのヒアリングを重ねていくことで、「すべての基本となるのは歩行」との結論に至りました。
そこで、美しい歩容の尺度をオリジナルで開発したのですが、そもそも美しさには主観的な要素も多分に含まれますから、定量化するには工夫が必要でした。
柳原:
これまでは資生堂の専門家が、オリジナルで開発した美しい歩容の尺度に則って評価していたのですが、ORPHEさんの技術を使えば誰でも簡単に歩容の評価を得られるようになり、「歩容の美」という概念がより世の中に広めやすくなるはず。そんな思いから、2019年にfibonaが実施した第1回スタートアップ審査でORPHEさんを採択させていただき、共同研究が始まりました。
スマートシューズ×ビューティーから新たに生まれた指標
──共同研究は具体的にどのように進んだのでしょうか。
宮田:
ORPHEは当時、ランナー向けサービスをメインとしていました。ですから、歩行、ウォーキングの指標が不足していたんですね。資生堂さんとの共同研究によって、ランナーがパフォーマンスアップするための指標とはまた異なる、「歩容の美」という新しい視点が加わった。それによってプロダクトとしての間口がより広がったことがまず大きな収穫でした。
柳原:
最終的にはアプリを開発しよう、との目標は早い段階で決まっていましたが、美しい歩容はどのようなデータで捉えられるのかはやはりやってみなければわかりません。そこで、白土さんたちがそれまで構築してきた独自の評価法と、ORPHEさんの動作分析システムを組み合わせた介入試験に取り組むところから研究を開始しました。
白土:
ORPHEさんのシステムのおかげで、指標がぐっと明快になったことは驚きでしたね。介入試験では、被験者の方に2か月間の動作改善プログラムに取り組んでいただき、その前後で歩容測定をしています。この動作改善プログラムは、S/PARK Studio(「アクティブビューティー」をテーマにしたGIC内にあるスタジオ)のオリジナルプログラムをベースにしています。
すると介入試験の前後で、歩容の速さ、ストライドの長さ、関節の角度など、ほぼすべての評価がポジティブに変化したんですね。さらに、肌の色味や心理状態にもよい影響が見られました。歩き方がよくなったことで血行もよくなり、安静時よりも肌のトーンが明るくなった。表情や心理状態が前向きになるなどの効果も確認されました。この研究成果は、昨年に学会での発表も行っています。
──歩容を意識的に変えたことで、肌や心の状態もよくなったのですね。
宮田:
私も一緒に計測に携わったのですが、ここまで劇的に数値が変化するとは、という驚きがありました。弊社のスマートシューズと解析アプリの強みは、歩行のデータを可視化できることです。ですが、そのデータをどう活用すればいいか、どうすればお客さまへの有用なアドバイスに変えられるかという部分までは行き届いていませんでした。
健康や美容、さらには心のポジティブな変化にまでアプローチを踏み出せたのは、資生堂さんが積み上げてきた知見とコラボレーションできたおかげだと思っています。
白土:
私たちとしてもオリジナルの評価法を開発したものの、どうアウトプットすればいいかを模索していた時期でしたので、ORPHEさんとの共同研究はすごくいいタイミングでした。
宮田:
「スイング幅の数値が17cmから20cmに上昇しました」と言われても、一般の方は何がどうなったのかわからないですよね。けれども、資生堂さんが開発された「いきいき」「のびやか」「やわらか」のようなわかりやすい指標と、歩行のビフォーアフターを動画で一緒に見ていただくことで、お客さまにより伝わりやすい提案ができるようになりました。
動画時代に注目される「歩容の美」
──2021年、22年と実証実験を実施していますが、お客さまの反応はどうでしたか。
宮田:
2022年のPoCは非常に手応えがありました。初回の実証実験はお客さまに測定結果をお伝えして、それ以上のアプローチがあまりできなかったのですが、2回目はわかりやすい指標でスコア化したことによって、お客さまの気持ちにもアプローチできた実感があります。
柳原:
初回はORPHEさんのシステムで出てくるデータの数値をベースに、お客さまの歩容の美しさを私たちが口頭で説明する形の実証実験でしたが、2回目はORPHEさんと共同開発したアプリで、歩容の美しさ指標のスコアを見ていただいた上で、「へえ、私の歩き方ってそうなんですね!」「こんなに変わったなんて」と納得してくださる声がとても多かったですよね。
さらに百聞は一見に如かずで、ご自身が歩いている動画を見ると「あ、直さなきゃ」と感じてくださるお客さまが多かったですね。歩容の変化が健康や肌、心理状態にもつながっていることを、体感でご理解いただけたように思えます。今は動画の時代ですから、「動きの美」の重要性はとてもポテンシャルとして大きい。今後はそこを押し広げられたらなと思います。
──私も実際にスマートシューズを着用して歩容分析してもらいましたが、自分の歩き方がデータ化され、「膝をもっと曲げるとさらによくなる」などアドバイスをもらえたのは、とても新鮮な体験でした。
白土:
ほとんどの人は、自分がどのように歩いているかをそもそも知らないですし、意識していませんよね。ショーウィンドウに映った自分を見てハッとする瞬間はあっても、自分の歩容を解析して、改善アドバイスをもらえる機会はめったにないはず。ORPHEさんのシステムと、私たちが開発した指標を使って、歩き方が美や健康に直結していることをお伝えできたのなら嬉しいですね。
──他社でも「歩容解析」の研究やサービス開発は進められていますが、fibonaとORPHE社のコラボレーションならではのユニークポイントはどんなところでしょうか?
柳原:
今回の共同研究のユニークネスは、やはり歩容の「美しさ」に着目し、スコア化した点ではないでしょうか。
白土:
そうですね。他社さんだと、子どもの歩容の発達や体力が落ちていく高齢者の歩容などに着目しているケースがあるのですが、私たちがいま着目しているのは、一般的な大人の健康的で美しい歩容です。モデルさんのウォーキングともまた違う、健康で機能的な美しい歩容に絞った点がポイントだと思います。
柳原:
白土さんにあらためてお聞きしたいのですが、バイオメカニクス的な美しさと、審美性の観点での美しさの評価は、リンクしたと考えてよいのでしょうか?
白土:
和服で歩くとき、タイトスカートで歩くとき、ヒールを履いて歩くとき。それぞれに「美しさ」は変わります。ですから、どう「歩容の美」と定義するかはチーム内でも非常に議論したところなのですが、今回は「健康な成人女性の歩行」を想定して統計的に要素を絞り込み、最終的には舞踊の評価項目からピックアップした形にしました。
「足のデータ」の価値をさらに上げたい
──最後に、今後の展望を教えてください。
宮田:
「足のデータ」の価値を上げたいと思っています。スマートウォッチの普及によって心拍や歩数はすぐ測定できるようになりましたよね。ヘルスケアデータの価値は着実に広がりつつあります。そして、スマートシューズ、つまり靴でしか測定できないデータも確実にあると考えています。
「ちょっと疲れたな、じゃあ着地角度を上げてみよう」と自分で歩行を意識する。そのためのきっかけとして、健康を測るひとつの指標として足のデータの価値をさらに上げていくことが目標です。
柳原:
私としては、「歩容と美容を、どのようにお客さまに展開していくか」を考えていきたいと思っています。歩容が美しくなることで何がもたらされるのか、そもそも「歩容の美」とはどういうことなのか。それを伝えるためにはどのようなソリューションを提供していくべきか。今後も考え続けていくつもりです。
白土:
今現在、対象としているのは一般的な日本人女性ですが、今後はもっと年代を広げたり、男性やさまざまな国の方々も対象に入れたりと、ユーザーの幅を広げていきたいですね。国や文化が異なると歩き方も違ってきますから。
自分はこんな歩き方をしているんだ、と気づきを得てもらうこと。その上で、歩き方の美しさが健康にも深くつながっていることを、ORPHEさんとの共創を通じてお伝えしていけたらと思います。
(text: Hanae Abe edit: Kaori Sasagawa photo: fibona, Umihiko Eto, Yuko Kawashima)
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Co-creation with startups
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