Activity

実は「不協和音」に感動している現代人。創造性と感性体験とは? :音楽と脳の研究者 東京大学・大黒達也 × fibonaクロストーク(後編)

2024.01.26

偉大な芸術家の創造性は、ひとの感性を進化させる。

そうした創造性は、どこから生み出されるのか?

前編に続いて、東京大学次世代知能科学研究センターの大黒達也 博士(医学)は、音楽と脳の研究から人間の知性の本質である創造性に切り込む。

真の創造性を理解するための鍵となる「感性体験」とは何か? 音楽とビューティーの領域から、みらい開発研究所の荒井観、岡﨑俊太郎、町田明子、fibonaメンバーの柳原茜が大黒先生と語り合った。

※本記事では、アーティスト・未来古代楽団さんに大黒先生との対談内容が体感できるようプレイリストとオリジナル音源をつくっていただきました。ぜひ記事と合わせてお楽しみください。

前編はこちら

(左から)みらい開発研究所の荒井、fibonaメンバーの柳原、東京大学の大黒先生、みらい開発研究所の岡﨑、町田

創造性とは? 「新しい曲」と「珍しい曲」の違い



——素朴な質問なのですが、作曲家の仕事は非常に創造的です。作曲家はどのようにして作曲をしているのでしょうか?

大黒:
クラシック音楽に関して言えば、作曲家の営みは科学者に似ています。

作曲家は、その名の通り新しい曲をつくるのが仕事ですが、「新しさ」をどのようにつくるかのプロセスには、共有されている明確な方法論があります。

まず作曲家に求められるのは、過去数百年の間に体系化された音楽理論を学ぶこと。次にその音楽理論に基づき、どのように作曲が行われてきたかを研究するため、膨大な数の楽譜を学びます。これらの気が遠くなるほどの膨大な知識の上に立って、創造性を発揮し、新しい曲をつくるのが作曲家の仕事です。

科学者は論文を書く際に、自分の研究テーマと関連する、過去の膨大な研究の文献をレビューし、自らの研究の新しさを表現しますが、作曲家の仕事はそれによく似ています。

ちょっとした個人の思いつきで「珍しい曲」はつくれても、認められる「新しい曲」はつくれない。クラシック音楽において、作曲家の仕事からわかることは、新しいことと、珍しいことは根本的に違うということかもしれません。

——認められる「新しい曲」を生み出す、そんな作曲家の創造性とはどのようなものなのでしょうか?

大黒:
単なる新規性だけではないと考えられます。

私がドイツで行った研究では、ベートーヴェンの楽曲におけるピアノソナタのエントロピー、すなわち不確実性を時系列で調べました。すると、時代を経るにつれてエントロピーが増大していることがわかりました。

エントロピーは、ある事象の不確実性やばらつきの度合いを示す指標です。この研究は、ベートーヴェンの楽曲が時代ともに複雑になっていることを示唆しています。

新しさの中に、深みや複雑さ、変則性が含まれていることが、真の作曲家の創造性と言えるのではないでしょうか。

実は「不協和音」に感動している現代人



岡﨑:
私はこれまでアカデミアと資生堂の両方で、心理学や神経科学を基盤に、聴覚や発話に関する研究、リハビリテーションの研究、そして社会的コミュニケーションの研究など、多岐にわたるテーマでの研究をしてきました。

現在は、心理学の研究グループに所属し、生理指標の測定、例えば心拍数や筋電図などのデータ収集、さらには顔の画像解析などを担当し、主に感情に関する研究をして います。

音楽におけるポジティブな感じやネガティブな感じは、どのようにして違いが生まれるのでしょうか?

大黒:
サイエンティストの立場からも、明確に区別するのは難しいと思います。

音には確かに物理的な「不協和音」(全体が調和しない和音)として認識されるものも存在します。しかし、基本的に音楽や音の感じ方には、それを聴く人固有のエピソードの記憶が結びついていることが多いのです。

ただ、人間の脳は、音楽に関する「内部モデル」を持っていると言われています。この内部モデルに従わない、逸脱したような刺激があると、人間は驚きや不快感を覚えます。一方で内部モデルに従った、予測に沿ったものが来ると安心や快感が生まれます。

岡﨑:
音楽の内部モデルとはどのようなものでしょうか?

大黒:
ここでいう音楽の内部モデルとは、長期間の学習によって獲得した音楽の文法的な法則を指しています。

例えば、車のクラクションは音楽として認識されませんが、それは私たちの「音楽」の内部モデルの中にその要素が含まれていないからです。

内部モデルには、その時代の音楽が持つ規則や構造が反映されていると考えられます。そのひとつが「音律」(音楽に用いられる音の高低を決める相対的な規定)です。

たとえば、現代の音楽は「平均律(1オクターブを12等分にした音律)」でつくられています。一方、バッハが生きた中世では、「純正律(より和声的な音律)」が用いられていました。

音律などの内部モデルに組み込まれることによって、人は音楽を音楽として認識していると考えられます。

岡﨑:
そういった内部モデルが生まれながらにして備わっているという可能性はありますか?

大黒:
音楽の認識や感じ方は、獲得的な部分が大きいと思います。

内部モデルが獲得的だと仮定すると面白い点は、「現代人は、今聴いている多くの和音は、超厳密には不協和音であるにも関わらず、感動できてしまえる」という点です。

平均律は、物理的・数学的には、実は不協和音の連続であり、それを基にした現代の音楽のハーモニーは数学的には不協和音の塊です。しかし、平均律は転調が容易で、音楽的に扱いやすいため、広く普及しました。

平均律の内部モデルを持たない、純正律の音楽が主流だった中世の人々、例えばバッハのような作曲家が、現代の音楽を聞いたら「気持ち悪い」と感じる人は多いかもしれませんね。

岡﨑:
最初の雑音の話にもつながりますが、私たちが言う音楽と非音楽を隔てているものは何でしょうか?

大黒:
音楽と非音楽の境界は、私の究極的な探求の目標ですね。また多くのことがわかっていませんが、その境界線は私たちが普段意識しているよりも曖昧なのかもしれません。

一般的には、音楽への感受性は生得的であると考えられることが多いですが、私はそれよりも獲得的な要素が強いと感じています。もし全てが生得的であれば、新しい音楽への挑戦や進化が難しくなってしまうはずだからです。

※「4種類の調律違い(純正律、平均律、ピタゴラス律、中全音律)」が楽しめるオリジナル音源はこちら 。記事末の補足と合わせてお楽しみください。

・純正律

・平均律

・ピタゴラス律

・中全音律


音楽と美から考える、創造性と感性体験



——先生にとって創造性とはどのようなものなのでしょうか?fibonaは、資生堂の研究員と外部のさまざまな人と知の融合から、ビューティーにおける新たなイノベーションを目指しています

大黒:
最近私は、創造性について深く悩むあまり、「創造性は本当に存在するのだろうか?」と考えるようになりました。

私の現在の考えでは、創造性は美と同じく、「感性体験」の側面があると感じています。

創造性には「新規性」と「価値」の二つの要素が必要だと言われています。人が何かをつくろうとするとき、生み出されるものは、物理的には「新規性」しかないと私は思います。

つまり、つくられたもの自体には価値が普遍的に備わっているわけではない。創造性のもう半分である価値の部分は、受け手の感性に依存していると考えています。

その例に、過去には「創造的ではない」と思われていたものが、時代の変化とともに「創造的である」と再評価されることがあります。

このように、創造性とは受け手の感性に基づく感性体験であり、美の感じ方と同じだと考えられます。

荒井:
興味深いですね。つまり、美しい化粧を提案することはできますが、その美しさに価値を見出すかどうかは人によるということですね。

「美しさ」を探求すると視覚に偏ったものになりがちだと感じます。しかし、美の感性体験を提供するとなると、探求に広がりがでてきますね。感性体験を表現するためのモダリティ(視覚・聴覚・触覚・味覚などそれぞれの感覚器による感覚)にも、さまざまな感覚が複合的に関わることが可能になると思います。

大黒:
そうですね。さらに興味深いことに、人々が創造的な感性体験をすると、その後の自身の創造的な能力や興味も高まると言われています。

最近では、音楽を通じた創造的体験が、個人の創造性を向上させることについての研究が進められています。この分野はまだ新しいですが、人々の行動や感じ方に対する意義深い影響があると考えられます。

町田:
化粧も、ある意味では感性体験なのかもしれません。

化粧では、触覚を通じた体験が特徴的だと考えています。化粧をすることで、女性は毎日自分の身体に触れているわけですが、この行為の大切な効果を示唆する結果を得ています。

自分の体に触れたとき、触れる感覚と触れられる感覚が一致すればするほど、安心な状態に導かれることが脳の測定結果からわかりました。

この結果から、人は自分の身体との“一致感”が高まることで、安心な状態を導きやすくするのではないかという仮説を立てて現在も研究を進めています。化粧には、こうした心地よい感覚を身体に覚え込ませるような役割があるのだと思います。

大黒:
自分の顔に化粧を施すことで、「自己所有感(観察した物体を自分の身体の一部として感じる認識)」が強化されるというのは、自分自身のイメージやアイデンティティに深く関わることなのかもしれません。

音楽の内部モデルの研究では、快感・不快感を感じたとき、その感覚を身体のどの部分で感じるかを調査しました。

すると、快感を感じたとき、多くの人が「心臓」にその感覚を感じると答えました。また、驚きから安心へと移行する時、その安心感はまさに「腹落ちする」という形で「腹部」に感じられることが多いという結果が得られました。

逆に、安心している状態から突然の驚きを与えると、知的好奇心が刺激され、心臓がドキドキし始めるという反応が見られます。

このように、同じ音楽でもゆらぎの持たせ方によって、異なる身体的反応や感覚を引き出すことができるのではないかと私は考えています。身体と紐づいた感覚(Enbodied cognition)は、まだ新しいですが、感性体験としても面白い研究分野です。

創造的な音、創造的な美

——音と美にも通じることですが、多くの人に受け入れられるポジティブな音楽や美しさはつくることが可能でしょうか?

大黒:
音楽の好みや人々の反応を予測・分析するニューロマーケティング(※)のアプローチは、近年注目されています。

※ニューロマーケティング 脳の研究から得られる知見を利用し、消費者の心の動きや行動を解析し、それをマーケティングの戦略に取り入れるアプローチ。この手法を使うことで、人々の無意識の反応や感情の変動を数値的に評価することが可能となる。

特定の音楽が多くの人に人気がある理由や、ある種の音楽がある種の感情や反応を引き起こす理由を理解することは、音楽産業だけでなく、広告やマーケティングの領域でも非常に価値があります。

しかし、音楽の好みや人々の反応は、個人の背景、経験、文化、感受性など多くの要因に影響されるため、ひとつのモデルや理論で完璧に説明することは難しいと思います。

特に、音楽は感情や感性に深く関わるものであり、その背後にある要因やプロセスを完全に理解・予測することは容易ではありません。

岡﨑:
それは私たちのような企業が美しさを探求する上で大切な視点ですね。多くのひとにとってポジティブな状態を、各個人が同じように美しいと感じるかというと、必ずしもそうではないという前提を持つことは大事だなと。

荒井:
感性体験という視点でみると、創造的なビューティー体験とは、いかにして「美しい」ことを享受する体験を設計、提供できるかだと感じます。化粧などによる視覚的な結果だけではなく、五感を生かした美しさの体験によって様々な価値観に合わせた「美しい」を作り出せるといいのですが。音楽をつくる際にはどのようなことを大切にされていますか?

大黒:
リズムやメロディの変更、異なる楽器の使用など、さまざまな方法を用いた「新しい」音楽は珍しくありません。しかし、その「新しさ」が本人にとって本当に価値があって初めて創造的なものになるのです。

真に創造的であるために、形式的な変更や技術的な工夫に加えて、その背後にあるメッセージや意味、感情、そして作品を通じて伝えたいことを考えて設計、提供することが重要ですね。

(クロストークを終えて)
創造性とは、「新規性」だけではない。受け手の「感性体験」の側面がある。大黒先生の言葉は、資生堂で多くの人に届ける化粧品の開発に携わってきた私にとって、大きな気づきとなりました。そして音楽体験と重ねながら、美の体験を捉え直すことで、新たな探求の道を見出すことができそうだと感じられ、興奮を覚えました。一人ひとりが感動する、創造的だと感じる美の体験とはどのようなものなのか、さらに研究を深めていきたいと思います。(fibonaメンバー 柳原茜)

「4種類の調律違い(純正律、平均律、ピタゴラス律、中全音律)」について

アーティスト・未来古代楽団さんに、調律の違いについて丁寧に説明していただきました。オリジナル音源を聴く際、ご活用ください。

・純正律
最初の方は非常にすっきりと綺麗に響いていますが、例えば24秒などでかなり気持ち悪くなっているのがわかると思います。

・平均律
今通常使われているもので、最後まで破綻なく感じられますが、他の調律を聞いたあと冒頭などは少し濁りを感じられると思います。

・ピタゴラス律
最も数学的にシンプルで(ゆえに最古)、基本的に5度の3:2という比率から導かれています。弱点としては長三度という今だと最も多用される音程の響きが悪いことで、このサンプルだと最初の音から濁っているのがわかると思います。ルネサンス以前は3度音程は用いられず、5度の響きがよいとされていました。

・中全音律
上記のピタゴラス律の弱点の3度音程を調整したもので、逆に5度が犠牲になっています。ルネサンス以降、3度の響きが用いられるようになったため出てきました。純正律と並行して存在しますが、純正律よりも転調への対応力が高いため、鍵盤楽器に使われたようです。24秒以降の破綻具合は純正律よりマシなのがわかると思います。


(プロフィール)
大黒 達也
脳神経科学者。1986年生まれ。博士(医学)。東京大学次世代知能科学研究センター特任講師,広島大学 脳・こころ・感性科学研究センター客員准教授。ケンブリッジ大学CNEセンター客員研究員。オックスフォード大学、マックス・プランク研究所勤務などを経て現職。専門は音楽の脳神経科学と計算論。著書に『芸術的創造は脳のどこから産まれるか?』(光文社新書)、『音楽する脳』(朝日新書)など。

砂守岳央(すなもりたけてる)(未来古代楽団)
作曲家・作家・その他諸々 「未来古代楽団」主宰。性格上に困難を抱え、うつろう興味のままに生きる。物理学を夢みた小学生は哲学を志す高校生となり、やがて大学で演劇と出会い留年する。趣味の音楽制作が逃げ場のない運命となり、大学院に進学した結果ネットへのアップロードから紆余曲折ありメジャーデビュー、なぜか同時にKADOKAWAから小説家デビュー。未来古代楽団を結成するもろくに活動はせず、成り行きでDJを自称し海外を放浪、世界中でステージを経験したが感染症の影響で活動休止。アラフォーで新人として出版社に漫画を持ち込み集英社「ジャンプ+」で漫画原作者デビュー。一児の父。

(取材・文:森旭彦 写真:江藤海彦 音楽:松岡美弥子・砂守岳央(未来古代楽団) 編集:笹川かおり)

Other Activity