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資生堂における「イノベーション」とは何か。 人や情報をつなぐ外部「ポリネーター」特別対談(後編)

2020.07.17

資生堂の研究員と、外部のさまざまな人と知の融合から新たな美のイノベーションを目指す「fibona」。1周年を迎えるいま、スタートアップとの協業やスピーディートライアルなど、様々なプロジェクトが進められている。

この動きを加速化させていくうえで鍵を握るのが「ポリネーター®(以下ポリネーター)」と呼ばれる外部アドバイザーの存在だ。研究施設である資生堂グローバルイノベーションセンター(GIC)で実施されているイノベーション活動全体に寄与し、事業開発プロセスや出口戦略の改革をともに進めている。

資生堂にとって「イノベーション」とは何か。研究開発によって組織に生まれる価値とは? 今後、人々の美意識はどう変わっていくのか。

前編に続いて、2020年から外部ポリネーターに就任した西村真里子氏、西村勇哉氏、若宮和男氏の3名と、fibonaプロジェクトオーナーの荒木秀文による白熱したオンライン対談をレポートする。

(モデレータ:fibonaプロジェクトリーダー中西裕子)

今回のメンバー(敬称略)※プロフィールは記事末に掲載しています。
西村真里子:ポリネーター、株式会社HEART CATCH代表
西村勇哉:NPO法人ミラツク代表理事
若宮和男:uni’que Inc. Founder・CEO
荒木秀文:fibonaプロジェクトオーナー 兼 R&I戦略部長 兼 インキュベーションセンター長
モデレータ 中西裕子: fibonaプロジェクトリーダー 兼 R&I戦略G マネージャー

資生堂ならではの「イノベーション」とは?

西村(真):
GICでは「イノベーションの定義」を、言語化したことってあるのですか?

荒木:
以前社内で議論したことがありました。その際には「生活者」を起点にしたいよね、という話で盛り上がりましたね。

中西:
でも定着しなかったんですよね。その辺りは、もう一度ポリネーターのみなさんをまじえてディスカッションしてもいいかもしれません。

荒木:
たしかに、研究員からは、「イノベーションという言葉は散々出るけど、それがインクリメンタル(小さなことを少しずつ積み重ねていく)なのか、ラディカル(急進的)なのか、どんなイノベーションを目指しているのかよくわからない」とよく言われます。

西村(勇):
理研(理化学研究所)に、数学者と物理学者、生物学者が一緒になって、越境して融合研究を行うチームがあります。

そのチームを率いるトップサイエンティストに、「まったく違う研究分野のみなさんが、どうやって一緒に研究するんですか?」と質問したところ、「いま高校の生物を(子供から大人まで楽しめる一般向け科学シリーズ)『ブルーバックス』を読んで勉強してます」って言うんです。

ぜんぜん違うジャンルの人たちが、コミュニケーション取り、協働するために、まずは基礎をちゃんと学ぶところに時間をかける。そういうことをしてもいいのかも知れません。

若宮:
これは“企業内新規事業あるある”なんですけど、企業内新規事業って「起業」とはちがうので、「その企業だからこそやる意義」というのが大事なんです。それがない新規事業を立ち上げてしまうと、会社からは「これ、うちでやってる意味ある?」となるし優秀な人ほど本人も「それなら自分でやった方がいい」と、退職して起業しちゃう(笑)。

大事なのは「資生堂」という“自分”を起点に、資生堂だからこそ提供できる価値を旗印にすえること。「ユニークバリュー」と呼んでいるんですが、その旗は、資生堂でならではの「いびつな形」であればあるほどいいんです。

大企業になるとどこの会社も同じようなバリューを目指してしまうのですが、スターバックスの「サードプレイス」のように、他社には出せないコアバリューを持っている企業が強いし、新規事業もその企業ならではの遺伝子に沿っている方が強い。

日本では、イノベーション=技術革新、つまり「つくる」ことに偏りがちですが、僕はイノベーションって「価値革新」「文化革新」だと思うんです。だからこそユニークバリューが大事。たとえばTwitterは高度な技術ではなく、「140文字以内でつぶやく」という価値観や文化をイノベーションした。

そういう観点でみれば、まさに資生堂は美の「価値観」をつくってきたのがすごい。1897年に売り出した「オイデルミン」も、1937年に始まった雑誌『花椿』も、日本人の美意識を育ててきた。資生堂にしかできないイノベーションだった。

西村(真):
あえて資生堂という組織のなかで、組織のアセットを使って、同じ組織の人たちと「何をしたいのか」を考えることが大切ですよね。

荒木:
ちゃんと組織で考えるためにも、ポリネーターのみなさんには、アドバイスをいただくだけでなく、意思決定にも関与していただくことを大切にしています。もちろん最終的な責任は負いますが、仮に私が「NO」と言っても、たとえば真理子さんが「YES」と言ったらGOのケースもあると思いますし、その逆もある。社内に閉じた会議にせず、そんな風にしていきたいですね。

新たな価値開発が生み出す“見えない効能”

中西:
こうした開発の取り組みは、GICにどのような影響をもたらしたと思いますか。

荒木:
昨年7月に立ち上げたfibonaは、この1年間でキックオフイベントやスタートアップ3社との提携、Makuakeとの協業、一般コンシューマーの方とのコラボレーションや、イノベーターによるトークセッションなど様々な活動を精力的に行ってきました。

ふり返ってみると、こうした活動の多くが私たちの研究テーマにつながっているので、イノベーションを起こす新しいエコシステムができてきたと感じています。研究員と話しても、外部の方々との接点が増え、「新しいチャレンジがしやすくなった」とか「化粧品以外の発想をするようになった」といった声が上がっています。

西村(真):
一人ひとりがリーダーシップを発揮して自発的に動いているところがすばらしいですよね。その結果、外とつながろうとか、外の動きを社内に持ち込んで盛り上げよう、という動きがどんどん出てきています。

これからは、定量調査に頼りすぎず、自らの足で稼いだつながりや情報を大切にしていくことも期待しています。ビジネスを生み出す筋力を鍛えることができ、プロフェッショナルとして、社会に向き合えるようになると思っています。

若宮:
僕は「触発」という言葉をよく使うんですけど、意思決定の基準や価値観の違う人たちと触れることがよい刺激になって、いろんな反応が生まれます。異質なものとの接触を面白がり、「触発」によって、資生堂という“自分”をアップデートさせることがオープンイノベーションを加速させるのだと思います。

西村(勇):
大切なのは、プロジェクトをドライブさせるメンバーとどれだけ濃く良質な体験をつくりだせるか。それを続けられれば、イノベーションは良い方向へ向かうのではないでしょうか。

人々の美意識、変化するものと変わらないもの

中西:
fibonaは“美のイノベーション”を掲げています。生活者のライフスタイルが大きく変容するいま、人々の美意識はどう変わっていくと思いますか。

荒木:
たしかに美意識もライフスタイルも大きく変化していますが、変わるのは表現の部分だけではないかと。「美とは、人間のアイデンティティや精神的な自信を保つためにあるもの」という本質は変わらないと思います。コロナ禍においては、“他者に見せるための美意識”から“自分の気持ちを上げるための美意識”へと重きが移ったように思います。

西村(勇):
僕は戦国時代における茶室の美しさと、現代のマンションで感じる茶室の美しさって、まったく性質の違うものだと思うんです。でも、美しさは感じます。つまり、当時美しかったものが、数百年経ったいまは汚いということはほとんどないわけですね。僕は時代や価値観が変化しても、1000年先まで届く本質的な美しさをつくりたいと思っています。

西村(真):
コロナ禍において、私自身の美意識が変わったなと思っています。とくに気づいたのが、家の中にいても、鳥の声や風、木々の緑を感じるようになったこと。これまで自然に触れるためにわざわざビーチへ行ったり、高原へ行ったりしていましたが、本当は自然を感じようと思えばそれはすぐそこにあって、いままでは感覚が鈍ってたんだと気づかされました。

恐らく、同じようなことを世界中の人が感じたと思います。今まで見えていなかった「新しい美」の価値観・視点を解き放ち、推し進めていくと、新たな美の基準ができ上がって来そうです。

若宮:
僕は「美」とは変化するものだと思っています。黄金比があり、人は不老不死を願いますが、人間のプロポーションは変わっていくわけです。はたして黄金比は時代が変わっても同じなのでしょうか。

バーチャル空間が発達した僕たちの身体は、ギリシャ人とは違う身体です。ピカソも(陶器の)楽焼もそれまでの「美」を覆したわけで、「美」の定義は固定されるものではなく、実はときにいびつで、揺らぎながら変化を続けていくものなのではないかと思います。

中西:
最後に、プロジェクトの今後の展望についてもお教えください。

荒木:
今後は、このプロジェクトや資生堂で働くことを通じて、生活者の人生に彩りを与えられるビューティーを提供していきたいなと考えています。

若宮:
僕は資生堂という社名がもう素晴らしくセンスがいいなと昔から思っていて。「大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものは、ここから生まれる」。少し壮大ですが、ポリネーターという立場でこのプロジェクトに関わることで、「ここから生まれる」100年後も続くイノベーションや価値観をつくれたら最高ですね。

中西:
みなさん、本日は本当にありがとうございました!

西村勇哉(にしむら・ゆうや)/NPO法人ミラツク代表理事
1981年大阪府池田市生まれ。大阪大学大学院にて人間科学(Human Science)の修士を取得。人材開発ベンチャー企業、公益財団法人日本生産性本部を経て、2008年より開始したダイアログBARの活動を前身に、2011年にNPO法人ミラツクを設立。セクター、職種、領域を超えたイノベーションプラットフォームの構築と、年間30社程度の大手企業の事業創出支援、研究開発プロジェクト立ち上げの支援、未来構想の設計、未来潮流の探索などに取り組む。 国立研究開発法人理化学研究所未来戦略室 イノベーションデザイナー(兼務)、大阪大学社会ソリューションイニシアティブ 特任准教授(兼務)。寄稿など多数。

西村真里子(にしむら・まりこ)/株式会社HEART CATCH代表取締役 プロデューサー / ポリネーター
国際基督教大学卒。日本アイ・ビー・エムでITエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、アドビシステムズでフィールドマーケティングマネージャー、バスキュールでプロデューサーを経て2014年に株式会社HEART CATCH設立。ビジネス・クリエイティブ・テクノロジーをつなぐ“分野を越境するプロデューサー”として自社、スタートアップ、企業、官公庁プロジェクトを生み出している。 J-Startupサポート企業、Art Thinking Improbable Workshop Executive Producer 、内閣府第一回日本オープンイノベーション大賞専門委員会委員、経産省第4次産業革命クリエイティブ研究会委員、武蔵野美術大学 大学院 クリエイティブイノベーション学科研究室 非常勤講師

若宮和男(わかみや・かずお)/uni’que Inc. Founder・CEO
1976年青森県八戸市生まれ。建築士としてキャリアをスタートし、東京大学にてアート研究者となる。2006年モバイルインターネットに可能性を感じIT業界に転身 。NTTドコモ、DeNAにて複数の新規事業を立ち上げる。 2017年、女性主体の事業をつくるスタートアップ・uni’queを創業。 「全員複業」という新しい形で事業を成長させ、東洋経済「すごいベンチャー100」や「Work Story Award」イノベーション賞、 バンダイナムコアクセラレーター優秀賞に選出。ビジネス領域に限らず、アートや教育などでも女性の活躍をサポートする。新規事業の経験を活かし、 資生堂や楽天など大企業、スタートアップに新規事業やコアバリュー経営のアドバイスを行う他、ビジネスに限らず、アートや教育など領域を超えて幅広く活動中。 『ハウ・トゥ・アート・シンキング』(実業之日本社)著者。

※「ポリネーター」は、株式会社HEART CATCHの登録商標です。
(text: Kanako Ishikawa Edit: Kaori Sasagawa)

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