タイルと化粧品の開発に共通するお客さまへの価値づくりの想い「Around Beauty Meetup #7」開催
2021.01.25美にまつわる社内外のさまざまなイノベーターがS/PARKに集まり交流する「Around Beauty Meetup」。
第7回目は奈良時代から続く釉薬の技術を生かした新しいスタイルのタイルづくりを通じて「お客さま起点のモノづくり」を考えることをテーマに開催された。焼き物の産地である岐阜県の東濃地域で作られるタイルの魅力を発信し、その文化を継承すべく釉薬技術を活かしたタイルブランド「TILE made」を立ち上げた合同会社プロトビ・TILE made代表の玉川幸枝さんをゲストスピーカーとして招き、釉薬と化粧品という一見異分野に見えつつも共通点の多いそれぞれの技術について、また、モノづくりに取り組む姿勢などをディスカッションした様子をお届けする。
今回のMeetupもオンラインでの開催となり、資生堂グローバルイノベーションセンターからの参加者に加え、モノづくりに関わる活動をしている様々な団体や企業の方が参加した。
会の冒頭、司会を務めるfibonaのメンバー 豊田智規が今回のテーマについて、「玉川さん達が扱う釉薬の技術は、焼き物などに色やつや感をつける伝統的な技術です。それらをお客さまのニーズや価値観にどう転換しているのか、そして私たちの化粧品技術とも共通点がたくさんあると思いますので、ディスカッションを通じて多くの学びや次のアクションへのヒントとなるようなことを発見したいと思います。」と述べ、Meetupがスタートした。
タイルの枠を超えた新ジャンルの空間づくりへチャレンジ
オープニング後のアイスブレイクでは前回同様に共同編集で自己紹介のビジュアライゼーションが行われた。全員での作業やコミュニケーションを通じて、オンラインながらも参加者同士の距離感が縮まり、和やかな雰囲気となった。
アイスブレイクの後、いよいよ玉川さんのゲストプレゼンテーションが始まった。
釉薬(ゆうやく)とは、陶磁器の表面を覆うガラス質の膜のこと。玉川さんは実家の家業である株式会社玉川釉薬の釉薬を用いた色だしの技術を活かしTILE madeというブランドを立ち上げ、色艶にこだわった一点もののタイルの提案・企画・開発・製造・販売を行っている。TILE madeは単にタイルを提供するブランドではなく、ブランドを通じて“タイルの枠を超えた新ジャンルの空間づくり”にチャレンジしている。
プレゼンテーション冒頭に玉川さんは自身が感じていた釉薬を取り巻く現状について言及した。
「釉薬メーカーは通常は黒子のような存在。タイルメーカーの下請けのような位置づけにあり、お客さまからはタイルメーカーが色や質感をデザインしているように見られています。実はこの色出しや質感に関する技術は釉薬メーカーの技術に支えられています。家業をそばで見てきたからこそ、技術があるのに黒子のままでいるのはもったいないと感じるようになりました。」
TILE madeでは、例えば空の色や旅先で思い出に残っている場所の写真やイメージを元にその空間をタイルで再現することや、すでに内装などで使われている昔ながらのタイルを再現することなど、お客さまからオーダーを受ける形でタイルを開発している。玉川さんがタイルの企画・プロデュースを、また釉薬職人で玉川さんの姉である井戸尋子さんがタイルの色出しを担い、お互いの強みを活かしながら事業に向き合っている。
DNAに刻まれたモノづくりの魂
続いて紹介されたのは、玉川さん自身の経験と合わせて、TILE made立ち上げの経緯とその想いについて。「家業に入ってくれ」という言葉から大学を中退し、6年間玉川釉薬で釉薬と向き合った。その後上京し、様々な企業で経験を積み、現在の合同会社プロトビを立ち上げるに至ったと語る玉川さん。
玉川さんが家業に取り組み、TILE madeを立ち上げようと思ったのは、釉薬職人でもある父の存在があったからである。「父は何も語らない“The 職人”。半世紀以上も釉薬に向き合っているけれど、まだまだ俺は知らないことばかりとさらっと言ってしまう格好いい父です。そういう父の背中を見て育ち、モノを作ることは自分の原点だと思っています。この世界をどうにか盛り上げていきたいと想いから事業を立ち上げました。」
家業にかかわっていく中で玉川さんには様々な気づきがあった。
通常、タイルは機械で大量生産される。その際、釉薬メーカーは色づくりのため様々な形で相当な数のサンプルタイルを手作業で作っていること、また、機械で大量生産する以外に、手作業で色味を出すことで、価値につながる自由度が高いモノづくりができることに気が付いた。
玉川さんが担当する企画プロデュースには、家業のタイル以外の経験も生きている。家業を離れ東京や海外で活動していた時代に自身が企画・推進したごみ拾いのボランティア活動では、アイデアや企画ひとつで普通のごみ拾いが楽しい体験になるということを体感した。ゴミ拾いの活動は多くの人から注目され、10年以上活動が続けられている。全国で70チーム、年間約3万人で街の掃除をするgreen birdという活動にもつながり、広がりを見せた。
自分の感覚を研ぎ澄ませ、工夫をすることで面白いものをプロデュースすることができる。それは、家業に向き合うことも、地域に向き合うことも、どんなことにも当てはまるのではないかと思いながら、経験をいかしたモノづくりを行なっている。
様々な経験や学びを経て、2017年にTILE madeを立ち上げた玉川さんは、立ち上げにあたって建築家など様々な方に現在のタイルの課題について話を聞いた。「昔は焼き物の窯が不安定だったため焼きむらがどうしても出てしまう、一方で今は技術が高まり窯が安定した分、焼きむらがなくなってしまったといわれ、昔ながらのレトロなタイルが欲しい方から見ると、メーカーの努力は逆行してしまっていると気づかされました。」 この気づきから、釉薬の量を手作業で調整して、あえて『むらタイル』を作ったのがTILE madeのスタートとなった。 20歳の時に家業に飛び込み、その後に多くの経験を経て壁にぶつかりながらも立ち上げたブランドTILE made。自身の経験はもちろんのこと、父から受け継いだモノづくりへの想いが今の活動の源にある。 「私は自分のDNAに刻まれたモノづくりの魂を日々感じながら事業に取り組んでいます。タイル業界は下火と思われている状況を壊しながら、タイルって面白いと思ってもらえるような活動を追求しています。また、人を巻き込み、その人達の“楽しい”を引き出しながら活動していくことを大切にTILE madeの活動を行っています。」と玉川さんは語った。
タイルづくりの工程とその苦労
続いて、玉川さんの姉であり釉薬職人である株式会社玉川釉薬の井戸尋子さんが、実際のタイルづくりにおける色付けの技術や作業工程を紹介した。
タイルを作成するときには、まずはお客さまと色見本を見ながら色の方向性やどのようなものを配合するかを確認していくことから始まる。色付けの工程は、タイル生地を並べ釉薬を吹き付けて、それらを焼いていくというものだ。釉薬を吹き付ける際の調合や量によって焼きあがってくるタイルの仕上がりが大きく変わってくる。また、実際に焼いてみて初めて色が出てくるため、釉薬を吹き付けた直後の生のタイルの時点では出来上がりの色が想像できない難しさがあるとモノづくりの工程を語る井戸さん。
一つのタイルを作るために、20種類以上の原料や顔料を配合し色を出している。少しでもバランスが崩れると、思っていた色が出てこない。色だけでなく、吹き付けの際に使用するスプレーガンの空気圧を調整することで、表面に斑点や凹凸を作るなどタイル表面の状態を変化させたりもできる。調合や吹き付け条件を考え、色や表面の状態が目指すものになるかどうかを日夜試行錯誤していると日々の活動を紹介した。
タイルの可能性を引きだし、お客さまと創るまだ見ぬ世界を目指して
「私たちは伝統技術でまだ見ぬ世界づくりに挑戦したいと思っています。」プレゼンテーションのまとめに、玉川さんはTILE madeの活動の展望をこのように話した。
TILE madeではあえてむらやひびを入れたタイル、フォトスポットに設置するタイル、錯視効果を利用して空間を演出できるタイルの開発など様々なタイル開発にチャレンジしてきた。空の写真を再現した青むらタイルの開発は、当初吹き付けが甘く、従来の釉薬技術の視点では色が薄すぎる失敗作だと思っていた。しかしその薄さが「あの空の色だ」とお客さまに評価をされることになった。「成功か失敗かは作り手が決めてはいけない。作り手の気持ちではなく、使い手の気持ちに立つことを意識して、新しいタイルの可能性を追求しています。」と玉川さんは自身の今の信念を語った。
玉川さんはTILE madeで実現したいことをこう話している。
「TILE madeでやりたいことはただタイルを売ることではなく、お客様の笑顔や面白いシーンなどタイルを通じて世界観を提供すること。タイルには様々な可能性があると思うので、どんどん引き出していきたいんです。」
そして、プレゼンテーションの最後、玉川さん・井戸さんがにやりと目を合わせると、そこに現れたのは美しく赤く輝くリップ型タイル。今回のイベントをきっかけに、資生堂をイメージしてオリジナルのタイルをサプライズで制作してみたのだという。リップ型に生地を手作りし、発色させるのが難しいとされる鮮やかな赤、また口紅を塗った後のつや感も表現したまさに一点物のタイルであった。
オンライン会場のチャットには「すごいつや感」「かわいい!!」「是非ほしい」とのコメントが続出し、その企画力・技術力の高さに驚かされる形でプレゼンテーションは締めくくられた。
釉薬技術と化粧品技術 の共通点とは?
会の後半は玉川さん・井戸さんに加えて、資生堂グローバルイノベーションセンターから中野祐輔(なかのゆうすけ)と齊藤ゆかり(さいとうゆかり)、そして司会としてfibonaメンバーの豊田を加えてパネルディスカッションが行われた。 中野は口紅、一方の齊藤はリキッドファンデーションなどの研究開発に携わっている研究員だ。
まず齊藤から「釉薬の世界では職人さんごとの特徴や個性が製品に出てくることがあるんですか?」という質問があがると、「まさにそうで、タイルには職人の性格がでます。」と即座に井戸さんが回答。 「釉薬の選び方や調合の仕方、また塗布の仕方など職人ごとに個性があります。また、お客さまのオーダーを具現化していくときにとる手段も職人のこだわりによって変わります。そこが面白い部分でもあります。」と続けた。
化粧品の開発の場合はどうなのか?と聞かれ、逆に齊藤が「化粧品の開発にも同じように開発者の個性が製品に出てきます。例えば保湿感のある製品を開発するような時には、実現するための対応技術や原料の選び方に個性が出ます。使用感触や使用後の仕上がりの作り方はまさに研究員それぞれの個性がでるところです。」と回答。お客さまのニーズを実現するために、技術者の個性や発想でアプローチしていることが共通項として挙げられた。
続いて、中野からは「タイルを安定した状態で作りたい場合には、“安定”をどのように測っているんですか?」という質問が投げかけられた。
井戸さんは「例えばマンションなどの外壁にタイルを貼る場合、色むらがなくピタッとキレイに貼られていることが大前提として求められます。たくさんのタイルを使う場合もあるため、人の目で判断するよりは、色差計で測った数字で品質などの規格が設定されています。」と回答した。
中野は「私が担当する口紅の場合は、お客さまが使用される際は塗る量や塗った厚み、またお客さま自身の肌や唇の色によって唇の上での色味が変わってきます。そのため井戸さんとは逆で官能での評価(人の五感による主観的な評価)が重要視され、機器で測定した数値が参考となります。この点はタイルと異なっている部分ですね。」と指摘した。
逆に、口紅では色以外にどのようなことが求められるのか?という質問に対して中野が、「仕上がりの観点では例えばシャイニーやマットといった軸があり、他にも塗り心地やパール感といった軸もあったりと、様々なファクターがあります。」と述べると、これに対し井戸さんは「釉薬でも特につや感はお客さまに一番求められる要素です。一方で、人によって“つや”という言葉に対する認識やとらえ方が大きく違うので、そこを正しくとらえることが重要になります。」と回答。
このような感性や感覚にかかわるニーズを的確にとらえることの難しさは、釉薬技術者、化粧品技術者、双方が共通して意識している部分であった。
釉薬と化粧品、同じ“色”を扱う技術だからこそ、パネリストも前のめりで発言していた。技術者として両者に共通することは、原料の状態など不確定な要素が様々ある中でも技術を駆使してお客さまのニーズを実現すること、作り手と使い手のイメージや認識が違う部分をすり合わせながらゴールに近づけていくところであることがわかった。
お客さまのニーズを具現化するために
次に司会の豊田から「お客さまのニーズを具現化するために大事にしていることは何ですか?」という質問がパネリスト全員に投げかけられた。
玉川さんは「お客さまからのオーダーはふわっとしていることが多いんです。お客さまが欲しいのは世界観だったりするので、まずはお客さまが欲しいと思っているもの、何がしたいのかをじっくり話をして聞き出すことを意識しています。職人に間違った解釈を伝えてしまわないようにしています。」と回答した。
次に井戸さんは「お客さまに選択肢もっていただけるようにモノを提示することが大事だと思っています。オーダーに対して、いくつかパターンを変えたものを実際に作って、お見せしながらコミュニケーションをとっています。」と技術者の視点で答えた。
同じ質問に対して齊藤は次のように回答した。「私たちの製品は、使っていただく対象が実際にはお会いできない不特定多数の方々であることが特徴です。ブランドや製品にはそれぞれ一番使ってもらいたいターゲットとなる人たちがいるので、まずはターゲットイメージに近い社内の仲間に使ってもらって意見をもらうことを大事にしています。もちろん自分の感性や経験も大事ですが、そこだけに頼らずターゲットに近い人から率直なフィードバックをもらいながら形作っています。」
続いて中野は、「なりきることを意識しています。例えば事業企画のチームから製品の提案が来た場合、自分が提案者だったらどういうものが作りたいのかを考えて、いくつかの方向性を具体的に提示するようにしています。私たちは今この瞬間ではなく将来のトレンドを予測して開発をしています。お客さまが何を実現したいのか、お客さまの立場に立ってパッションをもって取り組んでいます。」と答えた。
それぞれ異なる視点の回答であったが、お客さまのニーズを各々の方法で筋良く理解しそれを実現しようとする4人のモノづくりへの想いのこもったコメントであった。
パネリストの熱い議論に、Q&Aセッションでは会場からは「エシカルなどの観点で材料へのこだわりはありますか?」など、様々な質問が寄せられた。そのまま参加者同士の小グループディスカッションでも対話が続いた。
異業種を結ぶ“美”と“モノづくり”の感性
会の終盤には、アイスブレイクで使用した共同編集シートに参加者それぞれが感想を書き込むセッションが行われた。参加者からは「モノだけでなく世界観を作っているという話がとても印象的でした」といったコメントがあり、それぞれに様々な発見があったことがうかがえた。
2時間にわたったイベントの感想を玉川さんは次のように語った。
「タイルと化粧品という一見全く違うものを“美”という感性で横串を刺して議論することができて面白さを感じましたし、自分たちの活動の違った意味を感じることができてとても勇気をもらいました。釉薬の業界ではどうしても技術者と最終的に製品を使ってくださるお客さまとの距離があり、何のために作っているのかわからなくなる時も正直あります。今日同じモノづくりを行う皆さんとの議論を通じて、お客さまに寄り添って、本当にいいものを追求しようとまた改めて思えました。」
最後はクロージングのメッセージ。「職人や開発者の性格がモノづくりに現れるという話や、手触り感のあるモノを見せながら翻訳し、共通の解釈を可能にしてモノづくりに生かしていくことなど、化粧品の開発の視点から見ても本当にたくさんの共通点や発見がありました。また、新しいことを思いつくだけでなく、それを実行し、多くの人を巻き込んで、その人たちも幸せにしていくという玉川さんのアクションは、モノづくりを進めていく観点、また新しいことを実現していくという実行力の観点からも多くのことを学ばせていただいた時間となりました。」とfibonaのリーダーである中西裕子が述べ、今回のセッションの幕が下りた。
長年研究を重ねてもまだまだ奥の深い釉薬技術と化粧品技術。これからも技術者は技術を深く追求していくであろう。一方でお客さまのニーズは広がり多様化し続けている。変化の激しいこのような時代に、どのようにお客さまを起点にしたモノづくりをしていくべきかを考えるヒントがたくさん詰まったイベントとなった。
<プロフィール> 玉川幸枝(たまがわゆきえ) 2003年、株式会社玉川釉薬に入社。勤務を続けながら世界一周やゴミ拾いボランティア活動などを行い、人脈づくりや知見を広める。2011年に上京し、プロジェクトマネージャーとして数々の企業で修行後、合同会社プロトビ起業。 2017年、釉薬技術を活かしたオーダーメイドタイルのブランド「TILE made」を立ち上げる。同年より瑞浪市を拠点に、家業や地場産業の活性化に取り組んでいる。 (合同会社プロトビ https://www.protob.com/, TILE made https://TILEmade.jp/, 株式会社玉川釉薬 http://tamagaway.jp/)
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