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人間の“全体性”からビューティの役割を捉えなおす A&H室Serendipity Lab.×fibona「ブレストサロン#1」開催

2021.11.12

資生堂の歴史と企業文化を受け継ぎ、未来の成長に活かすことをミッションに掲げる社会価値創造本部のアート&ヘリテージ室(A&H室)のSerendipity Lab.と、オープンイノベーションプログラム「fibona」のコラボレーションによって、社外の有識者と資生堂の研究員が自由に意見を交わす「ブレストサロン」が開催された。

第1回目は、医師で医学博士の稲葉俊郎氏をゲストに迎え、「人間の〈全体性〉とは?」というテーマにオンライン形式で行われた。「全体性」は、健康や美、医療とどのように関わっているのか?資生堂が2030年のビジョンとして掲げる「PERSONAL BEAUTY WELLNESS COMPANY」を、一人ひとりの研究員が自分ごとに落とし込んでいくために大切なことは?

参加メンバーは、A&H室と研究所から約20名。全員で稲葉氏とディスカッションしながら、美と健康、医療とアートの関係性について語り合った。

病院の「外」から医療と健康を見つめ直す


第1部は、稲葉氏が「人間の〈全体性〉とは?」をテーマに語った。

東大附属病院心臓専門医を経て、2020年からは軽井沢病院の総合診療科医長、2021年からは副院長を務める稲葉氏は、「健康について考えることで『人間の全体性』に思いを馳せるようになった」という。

「私たちは病院の中だけで生きているわけではありません。まず暮らしがあって、具合が悪くなったら病院へ行く。身体のトラブルが心の問題になることもあるし、逆もあります。心や身体、健康は、“生きる”という行為と一体化している。軽井沢に移住したのは、医療は病院の中だけで完結するものではない、もっと広いイメージで捉えたいと実感したからです。」と、現在の活動のルーツを語る。

医学・芸術・教育は、もともと深いところで繋がっている。稲葉氏は、古代ギリシアのエピダウロス遺跡を例に挙げ、医学の源流についてそう解説する。

「エピダウロス遺跡には、劇場や神殿、入浴場、音楽堂が広がっています。癒しや芸術、創造が一体となった全体的な場の中で、古代ギリシア人は自分なりの健康を発見していたのではと考えられています。病を治療するだけでなく、生命とは何かを理解し、その人がどう生きるかを学び合える場を僕は探求したい。そういう意味で全体性を常に大切にしています」


人間の身体は、約60~100兆の細胞によって成り立つ。ミクロの生命世界の全体性によって、私たちの生命は成立している。一方で、マクロの視点から捉えると「生も死も、円環の一部」だと稲葉氏は考えている。

「研究員の皆さんは、健康であること、美や幸福はどう繋がっているかを知りたいのではないでしょうか。そのためには、相手の一部分だけを見るのではなく、全体的な人生の中で見て捉えていく。そういう視点で見ることが大切だと僕は思います」と、自身の考えを述べてトークを締めくくった。

東洋医学と西洋医学、両方を捉え直すことで見える景色


第1部の終盤には、それぞれの研究員の専門分野にまつわる質問が稲葉氏に寄せられた。

研究員の加治屋から、「皮膚科学は西洋医学的なアプローチや客観的なデータ集積の話に寄ってしまうため、主観的な側面も多い「健康」との融合に難しさを感じます。稲葉先生は、全体性を捉え、表現するためにどんなことに気をつけていますか。」という質問が出ると、稲葉氏は「それは僕が医学生のころから抱えていた問いの中心でもあります。私も西洋医学を基礎として、還元的に分解して対象を観察するトレーニングを受けてきました。ただ、それだけでは明らかに不十分なのです」と返答。

「サイエンスの流れを汲む西洋医学と、アーユルヴェーダのような東洋医学。両方を自分なりにかけあわせることで、オリジナルなものが創造されるのではないでしょうか。客観と主観の間(あわい)の場所で新しい医療は創発します。私がプライベートで茶道や華道に興味を持ち、能楽の稽古に励んでいるのはそうした実践でもあります。」と続け、自分なりの解釈を持つことの重要性を語った。

また、研究員の辻田は「西洋的な考え方と東洋的な考え方を融合させる難しさを日々実感しています。」という悩みを語った。

それに対して稲葉氏は、「西洋は自然を分離して客観的に見る視点を、東洋は自分と自然とが混然一体となった状態での視点を、それぞれ大切にしています。ただ、それぞれの個人がどう内部で受け止め統合させるかという点に、個性が発揮され多様性が生まれます。その人にとって一番心地よい配分で、西洋と東洋の本質がミックスされるんですね。渾然一体となった割り切れない不安定さに耐える胆力こそが、その人の魅力や表現となり、社会が多様性をどう受け止めていくかという社会の課題にも繋がります。

私は前に進めないときは、自分の下、底を掘るしかないと思うのです。自分を支えているものを深く堀ると、個を超えた歴史や文化へと接続していきます。自分が本当に心惹かれるものにしっかりとつながることがその人を支える土台になります。」と、自身の経験を述べた。

さらに研究員の佐伯が「一人の中でいろんな要素が協調して、全体性に繋がっていく。化粧品の開発においては社会との繋がりや他人へ与える効果も研究していますが、人間のネットワークを含めた全体性について、ご意見をお聞かせください。」と質問。

稲葉氏は、「家族という集団で行動する動物はいますが、職場、町、国家のように複雑なコミュニティを重層的に重ねて持つ生き物は人間だけです。なぜなら個人の利害と共同体の利害は必ずぶつかるので両立できないからです。私たち人間は、そうした個と共同体の利害をどうバランスして調整するかという難題に挑戦している唯一の種です。まずそのことに誇りを持つ必要があります。

では、何によって調整されるかというと「対話」の力だと思います。ルールを共有し、創造的に場を組み立てていく。対話は人間が持っている素晴らしい能力であり、これからの時代で最も深堀していく最重要テーマだと思っています。今回のブレストサロンも対話の時間が多く組み込まれていますよね。私の話を種に、皆さんと対話が生まれていく場になっている。対話的な場が素晴らしいと思います。」と語った。

美、アート、医療はすべて「対話」と繋がっている


続く第2部のテーマは「美とは何か? アートと医療の繋がり」。

心や五感で感じる自分の中の世界と、対人関係や社会、法律に囲まれた外の世界。私たちはこの二極を行ったり来たりしながら、全体的なものを日々取り戻していると稲葉氏は語る。

「私たちの内界と外界とは、あまりにも異質です。両者の行き来にはエネルギーが必要です。この2つの世界を繋ぐ役割を果たしているのが芸術だと思います。美しいもの、自然界に触れる時間をつくることは、自分の治癒に繋がります。多くの人を治癒する力を持ち、かつ洗練されて残っていくものこそがアートの歴史だと私は思っています」

そんなアートの場に「対話」を織り込んでいく。稲葉氏は、芸術監督を務めた「山形ビエンナーレ2020」でもそれを実践してきたという。

一方で、対話を行う際には注意点もある。「対話の目的は、合意ではありません。対話は同じ意見を目指すことだと誤解して対話の場を拒む人がいますが、誤解です。対話の目的は相手を理解することです。相手の考えに同意できなくても相手を理解することはできる。それこそが対話で、今の時代に決定的に欠けている点です。」

相手を理解する対話の重要性は、資生堂が2030年のビジョンとして掲げる「PERSONAL BEAUTY WELLNESS」とも繋がっていると言えるだろう。なぜならパーソナルな美もまた「個人の中だけで完結するものではない」からだ。

稲葉氏はトークの最後に、「美とは何かを考えていくと、コミュニティの中で自分がどう美しくあるか。気高く崇高に、誇りを持って生きるか、ということにも関わってきます。それを実践していく上でも、やはり対話が重要です。互いを理解する、対話を促進するための安全な場をつくる。美術や美容はそのための触媒にもなります。そんな観点から今一度、皆さん自身の仕事を捉え直すと、ちょっと違う発想が生まれるかもしれません」と投げかけた。

日常とは違うレイヤーで悩みは軽くなる


第2部の質疑応答では、美と対話にまつわる事柄について研究員から様々な質問が飛び交った。

研究員の斎藤が「稲葉先生は、美が持つ力は、文化や芸術と近いものだとお考えですか?」と質問すると、稲葉氏は「人が落ち込む原因は、対人関係の悩みがほとんどです。悩んでいる人の話を聞いていると、花鳥風月、つまり自然の話がまったく出てこないんですね。現実の99%を人間関係の悩みが占めてくると、頭の中が悩みで満たされて行き、余白がなくなります。もしも自然界(花鳥風月):人間界=6:4の比率であれば、そこまで悩みに囚われることはないでしょう。人工的な社会で対人関係が世渡りのすべてになり、その中で皆が疲弊しているのです。

ただ、人工的な社会の中であっても、自然の美や、日常と違う次元の世界を描くアートに触れることで、心のバランスを取る余白が生まれると私は思っています。日常とは違うレイヤーを心に取り込むことで、心が自由に躍動するスペースが生まれるのです。だからこそ花鳥風月やアートに触れる機会を意識的に増やすことは、自己治療の面でもとても大事だと思います。」と、生活に自然やアートを取り入れる重要性について自身の考えを述べた。

軽井沢は自然との距離が近く、日常生活と自然が溶け合う(撮影:稲葉俊郎)

研究員の松原は最近増えてきたコミュニケーション形式に絡めて「オンラインの対面とリアルの対話を比べたときの感覚の違い」について質問。

これに対して稲葉氏は、「フェアネス(公平さ)が提供されるのがオンライン対話の良さです。一人ひとりと話せる時間をつくれます。このフェアな空気をオフラインでも保てることが大切ではないでしょうか。場の安全性・公平性が保たれれば、健全な対話が促進されます。オンラインはそのプロセスを学ぶ練習の場になりますし、オンラインでの良さを対面でのリアルな対話で活かすためのステップだと思いますね。」と回答し、新しい対話形式を経験することで新たな学びにつながる示唆を与えた。

「自分らしい美」をどうサポートするのか


さらに稲葉氏と研究員らによるディスカッションは、資生堂が目指すパーソナルな美や、言葉に依らない対話のあり方にも広がった。

研究員の互が「どうしたら一人ひとりが自分らしい美を表現できるか。そのお手伝いが美容に携わる私たちの役割だと思っています。「自分らしさの表現」に関してご示唆をいただけないでしょうか。」と尋ねると、稲葉氏は「逆の視点、なぜ「自分らしさを出せないのか」について考えてみてはいかがでしょう。他人の目が気になるから、バカにされそうだから、などの理由で自分らしさを出せない人は多いはず。ならば、「絶対に相手をバカにしない」ことをルールとした安心な場をつくっていく。そうした背後にある社会の無意識を疑うことから始める方法もあります。

その上で、私は「好きなもの」を糸口にします。「好き」なものは、本来は理由はありません。理屈を超えているからこそ、その人の本質を表すのです。誰にでもワクワクすることがあり、些細なことでもバカにせず尊重して、底を入り口にしてその人らしさを探っていくことが、より相手の理解につながります。」と、探索のヒントを授けた。

さらに研究員の深澤が「全体性を他者に伝える難しさを感じています。言葉による説明だと、どうしても切り分けた印象になり本質から離れていくもどかしさがあります。」と悩みを口にすると、稲葉氏も同様に感じている部分があるという。

「言葉には物事を切り分けていく側面がありますから、言葉で説明を重ねるほどに部分的なものになってしまいますよね。そうした場合は、イメージや映像、風景、体験のほうが伝わることもあります。

例えば、日本庭園とガーデニングの違いは、写真で見るとパッと理解できますよね。言葉だけで説明するより、イメージそのもので対話をすることも大事です。自分が伝えたいイメージに近い映像や絵画や彫刻、建築や空間、イメージそのものでの対話も面白いんですよ。イメージと言語の間にあるものが詩や俳句の世界でしょうか。」と具体的なコミュニケーション方法を提案した。

オンライン開催ながら、健康や美、医療を通じた人間の「全体性」をめぐる白熱した対話の時間が生まれた今回のブレストサロン。美とアート、そして医療が「対話」によってさらに繋がっていく未来も感じられた。

最後に、稲葉氏から資生堂の社員へメッセージとエールが贈られた。

「資生堂が発行している『花椿』のような高い美意識の表現は、多様な人の深い場所にあらゆるインスピレーションを与えてきたはずです。私もその一人です。目には見えなくとも、長い時間をかけて人に影響を与えていくものは必ずあります。短期的な結果が求められる時代であっても、10年先の未来を見ながら、時には自分が死んだ後の世界の風景を祖先の眼差しでイメージしながら、向かいたい未来へと一歩ずつ進んでいくイメージを共有することが大切です。皆さんの今後の活躍を心より応援しています。」

<プロフィール>
稲葉俊郎 1979年熊本生まれ。医師、医学博士。
2004年東京大学医学部医学科卒業。2014年東京大学医学系研究科内科学大学院博士課程卒業(医学博士)。2014年~2020年3月東京大学医学部付属病院循環器内科助教
2020年4月 軽井沢病院総合診療科医長、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東北芸術工科大学客員教授(山形ビエンナーレ2020 芸術監督)を務める。2021年1月 軽井沢病院副院長に就任。
医療の多様性と調和への土壌づくりのため、西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。未来の医療と社会の創発のため、伝統芸能、芸術、民俗学、農業・・など、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行い、全体生を取り戻す新しい社会の一環としての医療のあり方を模索している。
https://www.toshiroinaba.com/


(text:Hanae Abe edit:Kaori Sasagawa)

Project

Cultivation

ビューティー分野に関連する異業種の方々と資生堂研究員とのミートアップを開催し、美に関する多様な知と人を融合し、イノベーションを生み出す研究員の熱意やアイディアを 刺激する風土を作ります。

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