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韓国のビューティーテックはなぜ強いのか。海外研究拠点メンバーが見た新たな可能性

2022.03.17

2019年に始動したオープンイノベーションプログラム「fibona」。その活動の柱のひとつである「Co-Creation with Startups」では、2021年の第3期で初めて海外企業を対象に共創パートナーの探索に挑戦した。

初の海外審査の地に選んだのは、“美容大国”として知られる韓国だ。韓国貿易協会(KITA)のオープンイノベーションプラットフォーム「Innobranch」を通じて、「メディカルビューティー」をテーマに韓国国内のスタートアップ企業を公募。約1カ月という短い募集期間だったにも関わらず、約60件の応募が寄せられた。

fibonaと海外研究拠点との連携が実現した、今回のスタートアップ審査。なぜ韓国で開催したのか。美容技術をめぐる韓国と日本の違いとは何か。審査に関わった資生堂アジアパシフィックイノベーションセンター(APIC)の大澤友、苅谷智行、Jenny Haejung Parkと、fibonaメンバーの柳原茜が今回の取り組みをふり返った。

fibonaと海外研究拠点が連携した韓国スタートアップ審査


──まずは、みなさんの自己紹介をお願いします。

大澤:
私はAPICのシンガポールオフィスでディレクターを務めています。海外における技術探索やテクノロジーのスカウトのほか、研究機関との共同研究や各国の特色にあわせた製品開発、訴求に至るまでを担当しています。

苅谷:
同じくAPICのメンバーとして2018年から海外研究拠点に駐在しています。日本でスキンケア開発に3年ほど携わったのち、海外拠点に異動となりました。普段の業務では韓国のユニークな技術探索などを担当しています。

Jenny:
私もAPICで韓国の担当をしています。韓国と日本でメイクアップアーティストおよび教育を担当していた経歴があり、現在は韓国の革新的な技術を探るとともに、トレンドリサーチも担当しています。

柳原:
私は横浜のグローバルイノベーションセンターで勤務しています。スキンケア開発の研究職を経て、今年からR&D戦略部に加わりました。fibonaメンバーとしては2019年の第1期スタートアップ審査から運営として携わってきました。

初の海外コラボで着目した「メディカルビューティー」の領域


――fibonaのメンバーである柳原さんから、あらためて「Co-Creation with Startups」の活動について教えてもらえますか。

柳原:
「Co-Creation with Startups」は外部との連携を深めることを目的に、スタートアップ企業と資生堂の共創を目指して始動したプロジェクトです。2019年に第1期2021年11月に第2期のスタートアップ審査会を開催し、そして2021年12月には初の海外企業とのコラボレーションとなる第3期の審査会を実施しました。

fibonaではこれまでに2回、国内でのスタートアップ審査を実施してきましたが、優れた技術は世界中に存在するので、海外のスタートアップを視野に入れた展開が必要だと感じていました。どんな領域を得意とするスタートアップ企業が多いかは、国や地域によって結構違いがあるんですね。そういう視点で探っていくと、美容医療が進んでいて、かつ海外企業とのコラボレーションに積極的に取り組んでいるスタートアップが多い韓国で、「メディカルビューティー」というテーマを掲げたオープンイノベーションプログラムを実施するという考えに至りました。

具体的に動き始めたのは、2021年7月頃からです。苅谷さんやJennyさんにご相談させて頂き、これまでお2人が取り組んできた活動とは違うアプローチであることから、今回のスタートアップ審査の実施にご賛同いただきました。スタートアップの活動が活発な国では、それを支援するためのプラットフォーマーとなる組織が存在することが多いのですが、苅谷さんやJennyさんと調査を進めていくなかで韓国貿易協会(KITA)のオープンイノベーションプラットフォーム「Innobranch」の存在を知り、そこを通じて公募するかたちに行き着きました。

Jenny:
韓国は国策として、スタートアップ企業と海外の大企業をつなげる取り組みを積極的に進めています。Innobranchは2019年に構築された新しいプラットフォームですが、すでに約20万人が利用しており、年間30社ほどの支援実績があるそうです。

韓国でのスタートアップ審査開催で得られた気づき


──では、韓国での開催にあたっての期待や気づき、実際の審査をふまえた感想をお聞かせください。

大澤:
以前からAPICのメンバーは、展示会などにも頻繁に参加して現地のスタートアップにコンタクトを取り、ユニークな新技術に関する情報を提供してくれていたんですね。いくつかは実際にプロジェクトとして進行中ですが、「じゃあ次の展開は?」と考えたときに、ひとつ違う仕掛けが欲しい、という気持ちもありました。

ですから、Innobranchを経由して韓国のスタートアップ企業に一堂に集まっていただき、コンタクトできる新しい機会はすごくいいと思いましたね。「どれくらいの数の企業が、どれくらいのクオリティで集まってくるんだろう?」という新鮮な期待がありました。

苅谷:
韓国を担当している私の場合は、ヘッドクォーターである日本が韓国の美容技術に注目してくれた点が、まずはシンプルに嬉しかったですね。

もうひとつ嬉しかったのは、韓国スタートアップ企業が約60社も応募してくれたことです。先ほど大澤さんが話してくれましたが、私たちはそれまで展示会に物理的に足を運んで一つひとつの技術を見るという、いわば泥臭い方法で技術探索をしていたんですね。そうした従来の方法とはまったく違うやり方で出会えた企業と、新しい接点を持てたことは非常によい機会になりました。

Jenny:
展示会でのテックスカウトで難しいのは、現場に出向いた私たちだけで専門的に判断しなければならない要素が大きいこと。でも、公募であれば多数のメンバーで意見交換ができます。そうした点も新鮮でしたね。

大澤:
応募期間が1カ月間でしたから、正直そんなに集まらないのかなと思っていたんですよ。最初に15社弱から応募が来て、これで全部かなと思っていたら期限前に追加でどっと応募がきて驚きました。どれを最終のプレゼン審査に残すか、という選考は非常に悩ましかったですね。

韓国ならではのスタートアップ企業の強み


――日本のスタートアップ企業との違いは何か感じられましたか。

大澤:
韓国のスタートアップ企業は、大学の研究機関が開発した技術が多く使われている点が特徴的でした。技術とデータの裏打ちがしっかりしているんですね。私も日本にいた頃は大学と共同研究をしたことがあるのですが、日本の大学の先生たちは技術の活用先として「化粧品」が選択肢として上がりにくいんです。

対して、韓国の大学で研究している先生方は、明らかに「化粧品や美容医療に使う」という前提で最先端の技術を開発している人たちの割合が多かったですね。もしかしたら「化粧品や美容医療に活用します」と言えば、研究の支援が受けやすい仕組みになっているのかもしれません。「美容産業を国の柱にしていく」というバックアップ体制が強力であることが透けて見えました。そこはかなり日本との差を感じた部分ですね。

苅谷:
いち日本人として韓国を担当していて感じるのは、美容医療が人々にとって非常に身近な存在になっていることです。日本ではちょっとハードルが高いレーザー治療などの美容医療も、韓国では通称”皮膚管理”としてごく日常的に行われています。今回の応募内容を見ても、そうした美容医療発想のものが多く、そこから更にステップアップした技術や発想に出会えたのが新鮮でした。

日本人の感覚からすると、化粧品って肌の表面へのアプローチという捉え方が一般的ですよね。でも韓国の美容医療は、肌の深部にユニークな技術で働きかけるとか、デジタル技術を使ってデバイスと連携させるとかいった攻めた技術が多い。もちろん日本と韓国では法律が異なりますが、従来の化粧品の領域を超えたさまざまなアプローチの提案を通じて、技術革新のスピードの速さも見せつけられました。

最終プレゼン審査はオンラインで開催し、海外研究拠点のメンバーも質疑に参加した。

Jenny:
化粧品の領域を超えて、かつインスタントな効果を求める技術が多い印象を私も受けました。他にも、AIを活用した高い技術を持つスタートアップ企業はやはり多かったですね。

公募だから実現したビューティーテック企業との出会い


苅谷:
我々が新技術を探索する際は、ある程度までなら想定できるんですね。「こことならコラボレーションできそうだ」というイメージが描けるんです。でも今回応募してくださった企業の提案の中には、自分たちにはまったくイメージできなかった意外性のある発想がいくつもありました。そうした点は公募のメリットだなと実感しました。

柳原:
私は運営側の視点からお伝えすると、やはりすごかったのは(韓国貿易協会が設立した)Innobranchの存在感です。国内にしても海外にしても、スタートアップ企業を公募する際にはこうした協力者を見つけなければならないのですが、こちらのリクエストにフレキシブルに対応して、私たちとスタートアップ企業の円滑なコミュニケーションを実現してくれたInnobranchは本当に頼りになりました。こういったオープンイノベーションプラットフォームの有無は、その国のスタートアップ企業の成長にも大きく影響するんだろうなと実感しましたね。

大澤:
シンガポールでも、EDB(経済開発庁)が共同研究などの連携を希望する海外グローバル企業に対して、候補となる大学や研究機関の技術をリストアップして橋渡し役となり、コラボレーションを促進させる取り組みをしていますね。韓国のInnobranchに関していえば、化粧品や美容関係のジャンルがとりわけ強いんだと思います。量と質が圧倒的に違う。お国柄的というか、各国ごとの強いジャンルの違いですね。

Jenny:
以前に韓国のトレンドレポートで、国内のビューティーテック関連のスタートアップ企業の数が約60社、という数字を見かけました。今回応募してくださった企業数とほぼ同じなんです。

大澤:
それはすごい(笑)

Jenny:
もちろん偶然かもしれませんが、もし韓国内のビューティーテック関連スタートアップ企業が揃って資生堂に興味を示してくれたのであれば、すごく嬉しいことだなと思います。今回は採択に至らなかった企業とも、また別の機会でご一緒できる機会があるかもしれません。

大澤:
僕は審査に参加した感想として、プレゼンテーションの時間がもっと長ければよかったと感じましたね。1時間でも2時間でも、もっと聞きたいと感じる技術がたくさんありました。プレゼンも上手で熱意がこもっていましたが、やっぱりテクノロジーに対して研究がしっかり裏打ちされているから。プレゼン審査当日の短い質疑応答だけでジャッジをする難しさは感じました。

海外拠点の研究員から見たfibonaの取り組み


――ここでちょっと視点を変えた質問ですが、海外の研究拠点で働くみなさんには現在のfibonaの取り組みはどう見えるのでしょうか。印象を聞かせてください。

苅谷:
2019年に始動したときから面白そうなプロジェクトだなと感じていました。知り合いのメンバーも多いですし、私も何度かパネルディスカッションに参加しましたが、いろんなイベントを仕掛けていますよね。私のように研究のことばかり考えている人間には、ビジネスマインドを刺激するすごくいい機会になります。今後も何か機会があれば、ぜひ海外拠点の我々も混ぜていただけたらと強く思っています。

Jenny:
私は今回の審査を通じて初めてfibonaを知りましたが、美容だけでなくもっといろんな領域、それこそAIやデバイスなどの組み合わせを進めたらいいんじゃないかな、と感じましたね。他のグローバル企業でも、全く異なる業界、例えば環境団体やIT企業との共同開発がしばしば記事化されるのを拝見します。資生堂もサステナビリティの観点や、デジタルなどの領域との連携を続けていく必要があると思います。

大澤:
スタートアップ企業との共創や外部との定期的なアクション、研究のアイデアを膨らませるなど、さまざまな取り組みを継続していることがまず素晴らしいと思います。今回の審査もfibonaメンバーのおかげでスムーズに連携できましたし、若い社員の方々が中心となって活動を担っていることも感謝していますし、期待しています。今後もぜひ続けてほしいですね。

柳原:
ありがとうございます。今後のグローバル展開をどう進めていくか、考えていたところなのですが、今回の韓国のスタートアップ審査を通じて、得られたことはとても大きかったです。今後の展開でもぜひ色々ご相談させてください。

fibonaも資生堂ももっと成長できる


――では最後に、みなさんそれぞれの今後の展望を教えてください。

大澤:
今回の審査は、fibonaを通じてスカウトのひとつの方向性を新しく探ることができた、という意味で有意義な学びがありました。今後も各地域の優れた技術を積極的に発見、獲得し、グローバルに還元していきたいですね。もちろんその逆も同様です。それによって資生堂は企業としてさらに成長できるはずです。

Jenny:
私も新しい技術をどんどん探索したい気持ちが高まりました。スタートアップ企業が持っている新技術との連携を通じて、メタバース(現実世界とは異なる3次元の仮想空間やそのサービス)などの新しい分野にもどんどん進出していけたらいいですね。

苅谷:
まずは、私は今回採択したLABnPEOPLE(ラブンピープル)社とのコラボレーションをきちんとアウトプットのゴールまで持っていくことが目標です。並行して、フューチャーイノベーションの種を見つけていくための目利き力を高めていくことも意識したいですね。

柳原:
韓国でのスタートアップ審査をあらためて振り返ると、国や地域ごとの強みや特性を的確に把握して、広くイノベーションの種となる技術にアプローチする機会をもつことがいかに重要か実感できました。今後は社内でもバラバラな点と点のつながりではなく、グローバルも含めて広く横の連携を持つことで、より高い価値の創出に貢献できるような取り組みをしていけたらと思っています。


(text: Hanae Abe edit: Kaori Sasagawa)

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Co-creation with startups

ビューティーテック業界を中心とするスタートアップ企業との共創を目指したアクセラレーションプログラムです。

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