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“伊吹山プロジェクト”にある「万物資生」の原点。fibonaが協働でデザインするサステナブルなものづくり

2023.10.20

滋賀県と岐阜県の県境にあり、薬草の宝庫とも呼ばれる伊吹山。

百人一首にも詠まれるほど古い歴史を持つこの山麓で、資生堂は2018年から薬草園を設置し、原料植物の栽培を続けてきた。

伊吹山に足を運ぶなかで、獣害や異常気象の影響により豊かな植生が失われていることを目の当たりにした研究員は、地域のNPO法人や自らが所属する部署のメンバーらと伊吹山の自然保護活動のサポートを開始。

そしていま、資生堂研究所発のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」の共同プロジェクトとして、伊吹山の豊かな自然を持続可能なものにしていく「循環型ものづくり」を形にする挑戦が始まっている。

ブランド価値開発研究所・開発推進センターの研究員、高草木未紗子と、グループマネージャーを務める根岸茜子、fibonaメンバーの牧野佑亮、そしてクリエイティブ・ディレクターとして外部からプロジェクト推進をバックアップする株式会社REDD代表の望月重太朗に、伊吹山プロジェクトの成り立ちと新たなイノベーションの挑戦について聞いた。


薬草の宝庫・伊吹山との出会い


――まずは、みなさんの簡単な自己紹介と、伊吹山プロジェクトとの関わりを教えてください。


高草木:
開発推進センター、化粧品原料である植物エキスの開発を担当している高草木です。伊吹山が薬草の宝庫であることは広く知られていますが、メイド・イン・ジャパンの化粧品メーカーとして、国内の薬草を原材料に使っていきたいという思いは昔からありました。

日本には数多くの山がありますが、伊吹山はかつて織田信長が薬草園を拓いた地でもあり、気候的にも地質学的にも多種多様な薬草が自生しやすい条件が揃っています。資生堂が伊吹山に薬草園を立ち上げたのは2018年。以来、私もプロジェクトの一員としてずっと伊吹山に通い続けています。

根岸:
開発推進センターでグループマネージャーをしている根岸です。スキンケアや化粧品の使用性やマッサージ法などを設計したり、市場分析を行ったりしています。

市場分析の一環として、サステナブルへの関心が社会的に高まっていくなかで「資生堂ができるサステナブルの形」が模索され、いくつかのプロジェクトが立ち上がりました。その中のひとつが伊吹山プロジェクトです。

資生堂の社名の由来は「万物資生(※)」です。社名の通り、植物の恩恵を受けている企業ですから、私たちも植物や自然に何かお返しできることはないだろうか、と常々考えていました。

※中国の古典『易経』の一節「至哉坤元 万物資生(大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか、すべてのものはここから生まれる)」より



そうした土壌があって、2019年に市場分析、その後2020年に伊吹山プロジェクトが発足して、やっと2021年から山に関われるようになって。やはり実際に触れてみると、いろいろなことに気づかされました。薬草の可能性、地元の方々と一緒にできること、資生堂だからこそ目指せる循環型のものづくり……。妄想やアイデアはもうパンパンに膨らんでいますから、これからはどう実装していくかの段階だと思っています。

牧野:
みらい開発研究所の牧野です。いまは化粧品が使用者の心理面に与える影響などを研究していますが、以前は環境負荷の少ない製品開発にも携わっていました。

並行して、fibonaのメンバーとしては「Cultivation」「Co-creation with Startups」を担当して3年目になりますが、「環境面に配慮したものづくり」の視点から一体どんなものづくりができるのだろうと好奇心が湧き、伊吹山プロジェクトにも参加することになりました。社内外のさまざまな人々と関わりながら、fibonaらしいプロジェクトができることにワクワクしています。

望月:
株式会社REDD inc.の望月です。僕と資生堂さんとのお付き合いが始まったのは2016年、前職のときにアメリカ・テキサス州で毎年開催されるSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)出展のサポートに入ったことがきっかけです。そこで、後にfibonaプロジェクトリーダーとなる中西裕子さんと知り合い、資生堂グローバルイノベーションセンター(S/PARK)がみなとみらいに設立したタイミングでfibonaのアドバイザーとして関わらせてもらうようになり……とご縁がつながり続けて今日に至ります。

2022年の年末、中西さんから「望月さん、薬草に興味ありますか?」と声をかけられたんですね。僕は廃棄されるアスパラガスの茎を原料にした「アスパラガスほうじ茶茎茶(すいけいちゃ)」を販売する事業もしていますから、「興味あるに決まっているじゃないですか!」と即答。話を聞いたところ、伊吹山プロジェクトに大きな可能性を感じたんです。プロジェクトをどう仕組み化して、仲間を集め、プロダクトを作って体験化、共感化していくかをサポートさせてもらうことになりました。

資生堂ができるサステナブルの形を探して


──実際に伊吹山を訪れてみての感想はいかがでしたか。


高草木:
もう「圧巻」の一言でしたね。「ユウスゲの花畑がすごい!」「こんなにたくさんの種類の草花があるなんて」「ここまできれいな湧水で薬草を栽培できるんだ」と、訪れるたびに伊吹山の魅力をひしひしと感じています。

根岸:
日本の里山的な良さと、アカデミックな要素。双方を兼ね備えているのが伊吹山のユニークな魅力ですよね。伊吹山の薬草をテーマにした「米原市伊吹薬草の里文化センター」という複合施設があるのですが、薬草風呂や薬草園の他にアカデミックな展示資料も非常に充実していて驚かされました。

牧野:
私も実際に現地を訪れてみて、「ああ、こんなに気持ちのいい風が吹くのか」と心地よさを感じたのと同時に、薬草の詳細な解説がされている古い看板を見かけて、歴史の厚みを感じました。

望月:
景観が素晴らしいですよね。滋賀と岐阜の県境ですから、琵琶湖がガツンと見える。

高草木:
そうなんです。でも何度かに訪れたとき、ふと山頂付近に目を向けると、度重なる豪雨と獣害で土砂が流れ出し、山肌がむき出しになっていることに気づきました。

「このままではまずい。私たちにできることはないだろうか?」と悩んでいた矢先に、根岸さんが発案したサステナブルのプロジェクトを知り、その一環で何かできないかと相談したことが一緒に取り組むきっかけになりました。

そこからの動きは早かったですね。翌年春には原料開発室のみんなで土砂をせき止めるための板材を背負って伊吹山に登り、現地のNPO法人「霊峰伊吹山の会」と協力しながら植生回復に向けた自然保護活動の取り組みをスタートしました。

第1回保護活動、土砂をせき止める板材を運ぶ社員たち

伊吹山fibonaの出口戦略


──社員のみなさんが自ら板材を運び、植生回復活動に参加したんですね。


根岸:
私たち社員が率先して動くことで、地元の方々に「一緒にやりましょう」という本気の姿勢があることをきちんと伝えたい気持ちがありました。ただ口を出すだけでは、こちらの熱意が伝わりませんから。

同時に、自分の目で見て、足で登ることで、社員のみなさんにも伊吹山の素晴らしさを感じてほしかった。その後も社内講演会を実施したり、薬草をお配りしたりするなど、地道な活動を積み重ねながら、少しずつ認知を広げていきました。

第2回保護活動では獣害から植物を守るための金属網を設置

高草木:
ただ、私も根岸さんも「やりたい!」という思いは強くあったのですが、その出口がなかなか見つかりませんでした。 どうしても「古臭い」「お年寄りのもの」と思われがちな薬草をもっとモダンに見せたい。でも、そのゴールまでたどり着くにはどの道を進めばいいかわからない。自社の化粧品ブランドから出すのも時間がかかりますし、何か違う気がしたんです。

根岸:
そんなときにfibonaのメンバーや望月さんと交流できたことで、道筋が見えてきました。 以前からfibonaの活動自体は応援していましたが、メンバーのみなさんが私たちとは違うやり方で、従来の枠をバンバンと広げてくれるような 人たちばかりだったので、「一緒にやれたら、きっとうまくいくのでは?」と直感しました。

望月:
隣接領域のスタートアップとの共創や、「Speedy trial」のようにブランドに紐づかないプロジェクトを形にしていく出口戦略への知見は、まさにfibonaがこの5年間で蓄積してきたことですからね。

外部パートナーとして一緒に取り組んでくれる企業さんをお誘いして一緒に伊吹山を訪れたのですが、もうみなさんの目がすっごくキラキラしているんですよ。企業の担当者さんも、地域の方々も、宝の山を見るような目で薬草をうれしそうに見ている。

国産薬草の価値をあらためて見直し、その力を活用することで大きなウェルネスの形を作っていく。そこに僕自身もすごく大きな可能性を感じました。

2023年5月の自然保護活動。大勢で引っ張り、従来の樹脂ネットを一気に外し、金属網への張り替え作業を実施。

資生堂さんが目指すインナービューティー事業も、突き詰めていくと素材や原料の話になるのではないかと。 植物の力、オーガニック、ボタニカル、さまざまな表現がありますが、「薬草」は性別や年齢、国籍を問わずに親和性のあるアイテムになりうると思っています。

自分も関わってみてあらためて思いますが、こんなにいいプロジェクトはそうそうない。何より資生堂のみなさん、めちゃくちゃ力が入っていますよね?

根岸:
「伊吹山プロジェクトはライフワークだ」と言い切るメンバーは多いですね。「退職後は伊吹山の近くに移住する」と本気で公言している人もいます。私も娘に「引っ越していい?」と聞いているくらいですから(笑)。

考えてみれば、資生堂の社員ですから、心の奥底に植物への愛があるのは当たり前なんですよ。その愛を思い切り前面に出していい貴重なプロジェクトなのかもしれません。

高草木:
一緒に仕事をしているメンバーのみんなもこのプロジェクトのときは笑顔になっちゃうんですよ。fibonaや望月さんが加わってくれたことで、伊吹山プロジェクトのファンがどんどん広がっている。だからこそ、ここから本気で形にしていこうと思っています。

望月:
まだ具体的な詳細はお話しできませんが、クリエイティブな挑戦をどんどん盛り込んだプロジェクトになっていることは間違いありません。資生堂さんやパートナーになってくれる企業さん、地域の方々はもちろん、お客さまにとっても、これまでにない新しい体験を提供できるのではないかと思っています。

2023年5月の自然保護活動に参加したみなさん

企業と地域が連携する仕組みをデザインする


ーー最後に、今後の伊吹山プロジェクトの展望をお聞かせください。


根岸:
まずは、伊吹薬草の里文化センターをはじめとした現地周辺で、「薬草をつくりたい」と言ってくれる人たちが増えるような貢献をすることが目標です。その上で、社内のつながりも広げていきたい。部署を越えた横の連携は拡大していますが、次は縦のつながりーー私たちの後輩世代にも、ぜひ伊吹山プロジェクトに参加してほしいと思っています。

そのうえで、出来上がった商品をお客さまが喜んでくれたら最高ですよね。資生堂が「女性の美」や「化粧品」だけではなく、もっと広義な「美」や「文化」を支える活動をしていることにも、みなさんに目を向けてもらえたらと思っています。

望月:
地域の人たちと一緒に歩んでいくことや、理念に共鳴してくれたプレイヤーさんと共同でプロジェクトを進めていくことは、まさにイノベーションのひとつの形ですよね。

伊吹山プロジェクトが本格的に動き出すことで、企業と地域の接点作りの大きなきっかけにもなるし、似たような課題感を抱く他地域のロールモデルにも成りうるはずです。

個人ではできないことでも、企業と連携すればできる。一社だけではできないことでも、別の力と組み合わせることで突破できるかもしれない。そうした仕組み作りをデザインして社会実装していくことは、とても意義があると感じています。

高草木:
私には、ふたつの抱負があります。ひとつは、薬草の栽培だけで終わりにするのではなく、そこを起点に広がり、続いていく循環型モデルの確立です。地元の方々とともに薬草を育て、それを原料として製品をつくり、収益で自然を保護していく。そんなサイクルが回る循環型ものづくりを目指していけたら嬉しいですね。

もうひとつは、伊吹山プロジェクトをきっかけに日本の農業の担い手を増やしていきたいということ。私は農学部の出身なんですが、若い世代の方々が「薬草栽培を仕事にしてみたい」と希望を持てるようなモデルを提示できたらいいですね。それが伊吹山の薬草文化の伝承にもつながっていくはずだと信じています。

牧野:
私はfibonaのメンバーとして、まずはこの取り組みの認知を広めていくことが自分の役割だと思っています。認知が広がっていけば、社内や外部とのつながりも必然的に増えていくはずですから。

例えば、資生堂とは異なる業界の企業が組めば、また違う可能性が広がりますよね。そんな風に多様な形で地域と企業が連携し、一緒にサステナブルな方向へ歩んでいく事例が世の中的にもっと増えてほしい。資生堂だけでなく、他の企業にもそうした形が巡り巡っていくことで、私たちが話している中でも、伊吹山に関するさまざまな実現したいアイデアが浮かんでくるので、まずは一つひとつ形にしていきたいですね。

………

伊吹山プロジェクト”にある、資生堂「万物資生」の原点。

fibonaが協働でデザインするサステナブルなものづくりは始まったばかり。これからどのようなプロダクトが生まれるのか。熱意あるメンバーの新たな挑戦に注目していきたい。

(text: Hanae Abe edit: Kaori Sasagawa)

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