「技術」を「価値」にどう変えていくか。研究員がプロダクトを開発するfibona×MISの取り組み
2021.03.122019年7月に発足した資生堂のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」。その活動のひとつが「Speedy Trial」です。
「Speedy Trial」とは、研究発のテクノロジーを活用しプロダクトのβ版を開発、展示会やクラウドファンディングなどを通じて、すばやく市場に投入するプログラムのこと。プロダクトの熱狂的なファンの方々と出会い、コミュニケーションすることで、開発の初期段階から「価値」を高めてくことを目指しています。
今回は「Speedy Trial」の取り組みに伴走した「Makuake Incubation Studio(以下MIS)」チーフプロデューサー・小堀弘樹さんとfibonaメンバーの小田、花木、阿部が対談。ユーザー視点でのプロダクト開発がもたらす価値について語りました。
技術を価値につなげるfibona×MISの目的
──fibonaとMISが共同でプロジェクトに取り組むことになったきっかけを教えてください。
小田:
私はもともと研究職で入社しました。基礎研究をしていると「どうやって出口をつくればいいのか」という悩みによく突き当たるんですね。技術やアイデアはあっても、実際のプロダクトやサービスにまではなかなかつながらない。自分たちが持っている技術を、どうしたらお客さまの価値につなげられるのか。fibonaに参画しSpeedy Trialに携わったのは、ずっと抱えていたその悩みを解決するヒントがある気がしたからです。
Makuakeというプラットフォームのことは以前から存じ上げていましたし、ユーザーとして気になる商品も購入していました。一消費者としてプロダクト開発に携われることも、大きな魅力ですよね。「お客さまと共創しながら商品開発をしていく」というプロセスの重要性について考えたとき、Makuakeを活用しながら大手メーカーのサポートをしているMISさんと一緒にやっていくことで新しい反応が生まれたるのではいか、という期待がありました。
小堀:
資生堂の皆さんと最初にお会いしたのは、アメリカ・ラスベガスで開催された「CES 2018(世界最大級の家電見本市)」でした。そこで我々MISがやっていることと、資生堂さんが取り組むべきことの方向性が近かったため、帰国してからあらためてお会いして、具体的にプログラムを進めていった背景があります。
小田:
MISさんに伴走していただいたインキュベータプログラムは、資生堂の研究員から出てきた技術発想のアイデアを練り上げ、プロダクト、サービス、さらにはビジネスとして成立するか、ワークショップなどで議論しながら開発を進め、Makuakeでローンチするまでのプログラムです。意思決定ひとつとっても、MISの手法と我々の研究の軸が違っていて、学ぶことが非常に多かったです。
研究員11名の3チームでしたが、1期では私と花木、もう一名fibonaメンバーの旭が各チームにメンター的な立ち位置でつき、議論を重ねていきました。主体はあくまでも研究員側であり、私たちはいわばアイデアの壁打ち相手。アイデアをブラッシュアップしたり、研究員の自主性を高めてもらったりすることを心がけていきました。
花木:
私がMISさんとのコミュニケーションで印象に残ったのは、小堀さんの「自分が本当に欲しいものをつくりましょう」という言葉です。価値づくりってそれに尽きますよね。チームが迷ったときでも、「これは本当に自分が欲しいものか?」を指針にすると、自ずと判断できるようになりました。
もうひとつ、MISさんに伴走してもらってよかったのは、アイデアに対してダメ出しをして下さること(笑)。社員同士ではなかなか言いづらい意見も、外部の人ならではの立ち位置から「これ本当に売れるんですか?」とズバッと突っ込まれるんですね。それがよかった。ダメ出しをされるたびに、「いや、こういう人が使うはずです」と議論が一段深まりましたから。
答えを提示するのではなく、引き出すためにはどうすればいいか。そのためのコミュニケーションの手法を学ばせてもらいました。
MISから見た「資生堂らしさ」とは
──小堀さんはMISのチーフプロデューサーとして多くの大企業の新規プロジェクトに伴走されていますが、資生堂の社員と接して感じたことはありますか。
小堀:
皆さん、積極的でポジティブですよね。できない理由を挙げるのではなく、「どうしたらできるか」を前向きに探していく方が多かったように感じています。
私は、成果を出せるチームの共通点は、「素直な方が多いこと」だと思っています。外部からの辛辣なフィードバックをきちんと受け止め、どう昇華していくかを素直に考えられるか。最初の案に固執することなく柔軟に対応し続けられるかが、強い組織になれるかどうかの分かれ目ではないでしょうか。
もうひとつ、他社さんと大きく違うなと感じたのは、「資生堂らしさ」という価値観が社員一人ひとりに行き渡っていた点です。議論の最中にも「これは資生堂らしくない」「これは資生堂らしいね」という言葉が頻繁にみなさんから出ていたのですが、150年近い歴史を持つ企業ならではかもしれません。
花木:
「資生堂らしさ」をプロダクトにどう落とし込んでいくかは、どのチームも苦労していた印象がありますね。私も「資生堂らしさ」というものを感覚的にはわかっていたつもりでしたが、クリアな定義はできていなかった気がします。
小田:
資生堂らしさ、資生堂がやる意味についてはじっくり話し合った記憶があります。社員それぞれの思う「資生堂らしさ」を実際に言葉に出して共有していくと、噛み合わない部分も当然出てくるので、そこの認識合わせには時間をかけましたね。
小堀:
「資生堂らしさ」の探索は、社史を拝読したり、掛川の企業資料館にお邪魔もさせてもらったりと半年間ですごく力を入れた部分でした。資生堂という社名は、中国の『易経』が由来ですよね。それでいて洋風調剤薬局として創業された歴史があり、東洋の叡智と西洋の科学の融合が成り立ちとしてある。つまり、創業当初からずっと異質なもの同士のイノベーションを行ってきた企業と捉えることもできる。
企業のルーツ、過去のファクト、現在の研究と強み、中長期的に会社としてどこを目指すのか。歴史を紐解いてリフレーミングして捉えると、目指すべき指標が浮かび上がってきます。その指標を投げかけることは多くさせてもらいました。
──小堀さんはMISとしてのミッションをどのように捉えているのでしょうか。
小堀:
日本の大手メーカーの中にある「価値ある研究開発」をちゃんと世に送り出す。これが我々の部門の大きなミッションです。とりわけ私自身のミッションは「技術を価値に変えて世に生み出せる人を生み出す」ということを目指しています。
私の前職は電機メーカーでしたが、大企業ほど価値ある技術や研究や企画が、さまざまな社内事情からお蔵入りしてしまうケースは多いと感じていて。でもこれらの技術や研究を世に出せるようになったら、日本の社会はもっといい方向へ変わっていくはずです。今回の研究所起点で研究員の方々が製品を生み出すプロジェクトも、資生堂さんの長い歴史において、ある種の新たな潮流になるのでは、と考えています。
実践で理解した「価値開発」の意味
──2019年7月から半年間行われた1期目のプロジェクトを通じて、どのような変化を感じましたか。
花木:
Speedy Trial に参画して下さった研究員と企画した私自身、それぞれに大きな変化がありました。研究員の変化については、「価値を考える」ための視点と思考が磨かれたと感じています。ターゲットやインサイトを汲み取りつつ、技術でどうそれを提供していくのか、「本当に欲しいと思えるアイデアになっているか?」を突き詰めることで考え方に一貫性が生まれ、ふわっとしていたコンセプトや価値がシャープになっていったと思います。
私自身も、そこが勉強になりました。価値開発って言うのは簡単ですけど、どう思考していくかはやっぱり難しい。ファシリテーション、アイデアの壁打ち、問いの投げかけなどを通じて、どうやったら価値づくりをサポートできるかを学ばせてもらいました。
小田:
私もMISさんと一緒にワークショップを進めていくことで、会社として何を大事にしていくか、プロダクトをつくっていく過程でどういう要素を盛り込むべきか、という点を深く思考できるようになったと思います。既存のフレームワークも参考にしつつ、「うちの会社だと、このポイントがすごく問われる」という視点を考えるきっかけになりました。
自分自身が研究をしていた当時を振り返ると、「この技術領域は大事だね」という漠然とした認識はあっても、現実のプロダクトとして成立させるために必要な要素まではやっぱり踏み込めて考えられていなかったんですね。
研究員一人ひとりにしっかりと考え抜いてもらうためにはどうすればいいか。そのための伝わりやすい表現や問いの投げかけ方を模索しながら勉強できたと思います。
花木:
リアリティの大切さも実感しましたね。「20代の働く女性」というペルソナではなく、「この研究所で働く人や身近な人でいうと誰が買いますか?」という聞き方をすると、研究員の方がハッとするんですよ。そこから「●●さんならいつ、どこでこれを使うだろう?」という具体的なシーンに落ちていきやすい、という気づきもありました。
「技術」と「価値」、どちらを主語にするか
──では、2020年7月から実施している2期目の取り組みはいかがでしたか?
阿部:
私は2期目からメンバーとして参加しましたが、「自分たちが欲しいものはなんだろう?」から始まった1期目とは異なり、すでに動いている研究活動に、1期目の事例を当て込み、価値づくりを進めていったのが2期目です。
1期目の活動内容について聞いたとき、最初に思ったのは「本当はR&D戦略部の私たちがやらなきゃいけないことでは?」という反省でした。
fibonaがスタートする前から、「技術を価値に翻訳するのは誰の仕事なんだろう?」という疑問が私の中にあったんです。企業研究所の宿命としてブランドという出口がありますよね。資生堂の場合は「このブランドでこういう商品が欲しいから開発してくれ」という要望が多いですし、そういうときは研究員とブランドで一緒に翻訳作業ができるんですね。
一方で、研究所としては技術オリエンテッドで新しい価値を生み出していくことも同じくらい必要です。それなのに技術を価値にどう翻訳して、どう市場に出していくかは宙に浮いていた状態になっていました。組織としてその課題をクリアにしていこう、というのが2期目のテーマでもありました。
花木:
2期目は、技術から発想していくことがスタート地点でしたよね。でも技術起点のスタートだったからか、2期目でプログラムに参加する研究員は、前回よりも価値開発に取り組むことへの驚きがあったように私は感じて。
小田:
「ここまで自分たちで考えるの?」という反応は結構ありましたよね。
花木:
1期目のメンバーは「価値開発をしよう!」という呼びかけで集まり、そのための方法をMISさんと私たちでガイドしたのですが、2期目のメンバーに関しては、その前に、技術を価値に翻訳する必要性について共通認識をつくるところから始まりました。
阿部:
その気持ちは私もわかります。私も研究員だった頃は、技術を翻訳するのはマーケターやブランド側の仕事だと思っていた派ですから。
私は、1期目に参画した小田と花木のファシリテーションを見ながら学んでいったのですが、最初に衝撃を受けたのは二人と私では「主語」が違うことでした。
R&D戦略部の立場から話すときは、常に主語は「技術」だったんですね。「この技術ってどうですか?使えそうですか?」という話が多かった。でも小田と花木は、主語が「お客さま」か「価値」だったんです。ここはすぐに真似をして取り入れました。
──主語が変わると視点も変わりますね。
阿部:
そうなんです。R&D戦略のミッションはこっちだったんだな、と気づかされました。技術の価値や質を高めることも大事だけれども、それだけじゃ足りないんだ、というのは大きな発見でした。
小堀:
他社さんでもそれに類似するケースは見受けられます。だからこそ、MISとしては研究員の方々が、自分たちの研究の価値をちゃんと形にしていく、というプロセスを確立したいなと思っています。
技術を価値に翻訳して商品という形で想いを世に出せる研究員が増えることは、社内に「Will(意志)」と「Skill(技術)」を両方持ったイントレプレナー(社内起業家)が増えるということです。当社が2021年1月からイントレプレナープロデュース部という新部門を設立したのも、各社さんにそのための体系化したプログラムをご提供する体制を整えたい、という背景からでした。
「生み出せる人」を社会に増やすために
――コロナ禍が美容業界に与えたダメージも少なくありません。今回の共同プロジェクトを糧に、みなさんの今後の抱負についてお聞かせください。
花木:
大きな変化が起きているときこそ、新しいものが世に出るチャンスだと思っています。今後もイノベーティブなプロダクトがどんどん生み出されるように、R&Dも進化できると嬉しいです。自分があたためているアイデアを直近の業務に活かせない、というジレンマを抱く研究員は少なくありません。研究員の思いをすくいつつ、お客さまにとって価値となるプロダクトをどんどん出していけたらと思っています。
小田:
新型コロナの影響による人々の行動の変容は大きかったですし、もう二度と戻らない部分もあります。大きな変化の中で何ができるのか。それが問われる時代だと思っています。
変化の大きな時代に対応するためにも、MakuakeさんでLämminをローンチしたように、今後はお客さまと共創しながら開発を進めていきたいという思いがあります。
「自分たちに都合のいい、存在しないペルソナを作っていないか?」という点を常に疑いながら、現実のお客さまにフォーカスして価値を磨いていく。そして価値を起点に考えていくと、ビジネスやマーケティングに関してもクリアな視点も必要です。自分自身も価値をベースに研究開発を推進したい、というのが今後の目標です。
阿部:
私は、今年は「技術を価値に翻訳する」作業を組織に根付かせていきたいと思っていきます。ブランドに沿って価値づくりをすること、新しい事業を生み出すこと。この両方を意識しながら、fibonaで培ったノウハウを根付かせていけたら。
小堀:
私は大きく2つ。ひとつは「Lämmin」がMakuakeでローンチしたことは、我々としても資生堂さんとしても大きな一歩と捉えています。このチャレンジをどう次の商品開発、アクションにつなげていくかを突き詰めていきたいと思います。
もうひとつは、MISが対峙している各社さんの課題とも紐づくのですが、「生み出せる人を生み出す」ことです。私は「生み出せる人」というのは、実践の中でしか生まれないと思っています。机上の空論ではなく、マーケットが求める商品を創出した経験を持つ人。そういう方々を我々の取り組みの中から輩出し続けることで、実践知がやがて集合知に変わり、メーカーの中でお蔵入りする技術や商品を減らしていくことに繋がります。不確定な時代であってもチャレンジをしやすい仕組みづくりを我々なりのアプローチで実現し、「生み出せる人を生み出す」ことにコミットできたらと思っています。
●小堀弘樹(こぼり・ひろき) / Makuake Incubation Studio イントレプレナープロデュース部
チーフプロデューサー・マネージャー
シャープ株式会社入社 産業用太陽光発電システム(メガソーラー)の資材調達部門を経てIoT通信システム事業部門にてスマートフォン・ロボホンのプロモーションを担当する。 その後、株式会社マクアケ入社。Makuake Incubation Studioの立ち上げに参画。大手メーカーの新商品・新事業創出支援に携わる。
(text: Hanae Abe edit: Kaori Sasagawa)
Project
Speedy trial
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