Activity

「共感」と「利他」から考える、美しい社会をつくるオープンイノベーション:fibona Open Lab 2022 イベントレポート#1

2022.10.6

“多様な知と人の融合”をキーワードに、資生堂研究所が主導するオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」。

3周年を迎えたfibonaは9月16日、これまでの共創プロセスとプロダクトを一挙に紹介するイベント「fibona Open Lab 2022」を資生堂グローバルイノベーションセンター(S/PARK)で開催した。

fibonaの共創パートナーや関係者などが集い大盛況となった「fibona Open Lab 2022」より、オープニングと合わせて、シンポジウム「美しい社会をつくるオープンイノベーションとは」の白熱したディスカッションの様子をレポートする。

これからの美とは何か。登壇者らのトークを通じて、「共感」と「利他」というキーワードが浮かび上がってきた——。

登壇者によるトークをリアルタイムで公開するグラフィックレコーディングを実施した。

fibona、対話と社会実装による「美しい社会」の創造


シンポジウムに先立ち、fibonaを代表してリーダーの中西裕子がオープニングメッセージを述べた。

冒頭では、3年前の7月にS/PARKの同じ会場でfibonaがキックオフしたことに触れ、「化粧品の領域にとどまらない新たな発想とイノベーションの創出を求められるなか、手探りながらもみなさまのおかげで一歩ずつですが取り組みを進めてくることができました」と、感謝の意を表した。

現在のfibonaの活動を支える取り組みは大きく4つで、1つ目は国内外のスタートアップ企業とコラボレーションする「Co-Creation with Startups」。リリースでも発表が出ているが、第4期の取り組みは中国で実施している。

2つ目の「Co-Creation with Consumers」は、研究員とお客さまが直接コミュニケーションを取りながら、生活者が望むものを形に変えていくプログラム。そして3つ目は、その成果を社会実装していく「Speedy trial」である。

4つ目の「Cultivation」は、これらの活動を行うのがすべて「人」であることに立ち、人の熱意やアイデアをいかに刺激するかを考え、美に関する多様な知や人と交流を行ってきた。

中西は、「この3年間、私たちは対話と社会実装による美しい未来の創造に向けて、一歩ずつ挑戦してきました。今回のシンポジウムを通じて、今後も5年、10年とチャレンジし続けるための知見をいただけたら嬉しく思います」と、期待を込めたメッセージでオープニングを締めくくった。

映像、音楽、身体の専門家が向き合う「共創」


「fibona Open Lab 2022」のシンポジウムには、美とウェルネスを基軸としたイノベーションの創出に知見を持つ企業とアカデミアから専門家3名とfibonaリーダーの中西が登壇。fibonaメンバーの佐伯がファシリテーターを務め、「美しい社会をつくるオープンイノベーションとは」をテーマに語り合った。

atelier252代表の佐藤雅樹さんは、音楽を活用したコミュニティづくりのプロだ。長年、ヤマハ株式会社で「音楽を使った街づくり事業」の運営・推進をリードしてきた佐藤さんは、現在も同社マーケティング統括部に所属しながら、音楽を通じたコミュニティづくりを多数手がけている。

atelier252代表 佐藤雅樹さん

東京藝術大学大学院映像研究科 教授の桐山孝司さんは、同大を拠点に未来のあるべき社会像の実現に向けて研究開発を推進する産学連携プロジェクト「共創の場形成支援プログラム」の中心メンバーとして、映像を活用したイノベーションの創出に取り組んできた。映画「ドライブ・マイ・カー」で2022年のアカデミー賞国際長編映画賞を受賞した濱口竜介監督は同院の修了生であり、アニメやゲームなどの分野でも新たな才能を世に送り出している。

東京藝術大学大学院映像研究科 教授 桐山孝司さん

株式会社ワコールの人間科学研究開発センターに所属する主席研究員の坂本晶子さんは、1990年に入社以降、30年以上にわたって身体を研究してきた。年間1000人以上の人々の身体を計測してきた身体計測のエキスパートであり、坂本さんが中心となって開発した「重力に負けないバストケアBra」は、加齢によるバスト形状の変化をふまえて「重力」の影響が少ない微小重力下で下着製品を開発。その斬新なアプローチが評価され、2021年に消費科学フロンティア賞を受賞した。

株式会社ワコール 人間科学研究開発センター 坂本晶子さん

定義しなくても、興味を持てるのが「美」


登壇者の活動に共通するのは、単に個人の美を生み出すだけではなく、それをきっかけにコミュニティや社会全体をよくしていこうという「社会実装」の視点だ。

登壇者のみなさんが実践してきた「社会実装」の取り組み

では、「美」と「社会」はどのような関わりがあるのだろうか。

中西:
資生堂としては150周年を迎える今年、『美しさとは、人のしあわせを願うこと』というメッセージを打ち出しています。美の力と社会との関係性については、みなさんはどうお考えでしょうか。

桐山:
美という大きな概念は、とても定義がしづらいのですが、定義しなくとも興味が持てるのが美のいいところではないでしょうか。例えば、我々のチームは現在、孤独や孤立に芸術が貢献できることを研究しているのですが、そのキーワードのひとつが美です。心に働きかける美を活用することで、コミュニティを活性化するヒントがあるのではないかと探っていますし、映像と社会を繋げていく上では〈計測〉という実作業が大きな役割を果たしてくれていると感じています。

坂本:
私は年間1000人の身体を計測していますが、計測は研究のベースであり、生活者の方々と研究者をつなぎ、社会の中で自分を見つめ直すツールにもなるのかなと思っています。弊社は『重力に負けないバストケアBra』を開発しましたが、一方で加齢に抗うことが正しいと思っているわけではありません。変化していく身体は止められない。今の時代は、その事実を自分がどう受け入れて生活していくかが求められています。

坂本:
『重力に負けないバストケアBra』は、重力に反発するのではなく、変化への不安を和らげるイメージですね。変化を乗り越えたその先で、みなさんすごく楽しく生活しています。

「重力に負けないバストケアBra」は会場でも展示された

桐山:
私は、映像やアート作品の制作で大切なことは、会場や劇場に来たときとは違う気持ちになって帰っていただくことだと思います。そのためには、心に働きかける美をつくれたらいい。それが人の心を動かし、社会を変えていくきっかけにもなるのではないでしょうか。

“言語”を習得すると「対話」は加速する


美しい社会を実現するために、それぞれが実践してきたオープンイノベーションの試行錯誤についても活発な意見が交わされた。それぞれが、一企業や大学発の取り組みであっても「社内で閉じるのではなく、外の視点を採り入れ、対話する」ことの重要性を語り合った。

佐藤:
オープンイノベーションが必要、とホワイトボードに書いているだけでは目標地点に辿り着けません。でもオフィスから外に出ると社会にはいろんなタイプの人がいることに気づける。障害を持って暮らす人と接すると、その人たち自身も自覚していない困りごとに私たちが気づけることもある。国籍や文化背景が異なる相手とも、音楽のような共通するものがひとつあれば一緒に楽しむことができるし、そこからイノベーションが生まれる気がします。

桐山:
我々もオープンイノベーションの必要性を迫られていますし、実際にその難しさに直面しています。そもそものアプローチや言語が違う難しさがありますよね。例えば、アニメーションをつくる人が必ずしも楽譜を読まないように、異なる者同士が交流すると、何かしら乗り越えなければならない壁が必ず生じます。それでも、そこを乗り越えることに価値がある。どんなにAIが進化しても、壁を乗り越えるのは人にしかできないことだと私は思っています。

坂本:
私たちも2021年に『からだ文化研究プロジェクト』を立ち上げたばかりで、今まさにオープンイノベーションの試行錯誤中です。ワコールが着目する〈美しい佇まい〉という概念に共感していただける方に集まっていただき、対話を続けながら、できることを一歩ずつ始めている段階です。おっしゃる通り、言語が違う方々との協働には悩みが尽きませんが、fibonaの活動を参考にさせていただけたらと思っています。

中西:
私たちもイノベーションは一企業だけではできないことを痛感しています。資生堂だけの努力で〈美しい世界〉は実現できませんから。ただ、異なる言語であっても一度習得すると、そこからの展開スピードが加速していくんですね。社内の対話からは生まれないものが、他者との協働によって初めて生まれる実感はあります。

これからの美、キーワードは「共感」と「利他」


他者との協働はまた、「共感」と「利他」に意識を向ける作用がある。他者や社会との関わりがあるからこそ生まれる「共感」や「利他」は、これからの美を考えるうえで重要なキーワードとして浮かび上がった。

佐藤:
私は芸術の本質のひとつに、共感があるのではないかと考えています。では、共感はどこから生まれるのか。音楽に例えると、素晴らしい音楽はハーモニーが揃わないと実現できません。『せーの』で始まるときの気配まで含めて、目に見えない共感から素晴らしい音楽が始まっていく。そこにあるのは、相手の立場を思いやる利他の精神であり、実はそれこそが日本人の得意な分野ではないかなと感じていますね。坂本さんたちが目指す〈美しい佇まい〉もそこにつながっているのでは?

坂本:
『素敵な人のどんなところに憧れるか』という調査をしたのですが、性別に関係なく、その人の何気ない仕草や人となりへの共感というような答えが非常に多かったんですね。社会とのつながりのなかで私たちは生きていますから、美への共感が増えていくことは、優しい世界の実現にもつながっている気がします。

中西:
個人の中にあるものと思われがちな美しさですが、目に見える審美的な部分だけではなく、佇まいのような見えづらい部分の美しさも確かにありますよね。利他的な感情を得るためのオープンイノベーションも必要かもしれません。

会場のスクリーンではグラフィックレコーディングを投影しながらセッションを進行。

では、はたして普遍的な美やウェルネスは存在するのか。シンポジウムの最後には、コロナ禍で社会の価値観が大きく変化したことをふまえて、大きな問いが投げかけられた。

桐山:
新型コロナの感染拡大が始まった初期の頃、ずっと誰とも会わない期間を経て、久しぶりに対面で人とあったときにちょっとした発見がありました。『外出しなくても全然平気だった』という人たちには、『自分の世界を持っている』という共通点があったんです。例えば、『外出自粛の間、ずっとこれを作っていたんですよ』とゲームの世界をいきいきと語ってくれた方もいました。自分の世界を持つこと。その良さがはっきり現れる時代になっている気がします。

桐山:
また冒頭にあった計測ということとも関係するのですが、時間軸を含めた4次元でキャプチャーする撮影方法ができつつあり、バーチャルとリアルをつなぐ新しい美の見せ方になっていくのではないかと思います。

会場でも展示された「4Dスキャン」による顔の撮影。映像展示:桒原寿行(東京藝術大学)

坂本:
私はどんなに時代が変化しても、大事なのは他者や社会とのつながりだと思っています。心と身体が元気で、そのうえで他者とつながれることには大きな価値がありますよね。

中西:
自己中心的に自分の興味を持っていること、他者への共感を持ち利他的であること。どちらも美しさであり、相互に補完する関係性にあるのかもしれませんね。共感や愛着も美しさのひとつの形のような気がします。

佐藤:
外に出る機会が激減した昨今、こうして皆さんと対面してオープンにお話できる場は私にとってすごく久しぶりで、リアルの場だからこそ気づけることがたくさんあるなと実感しました。音楽も同じで、一人ではなくみんなで合わせるから音楽になるんですね。自分とは異なる他者と協力しあいながら、パワーを増幅させていく。それ自体がすでにウェルネスであり、その先に美しさという価値もある気がします。

オープンイノベーションの挑戦は続く

質疑応答では会場の参加者から質問が寄せられた。「オープンイノベーションの過程で対立が生じたときはどうしたか?」という問いには、桐山さん、坂本さんが回答した。

桐山:
対立以前に、こちらが無知すぎて恥ずかしいという経験は何度もしてきました。けれども真摯に向き合い続けて、ひとつでも結果を出せば、『じゃあこうするといいのでは?』と先方が逆に提案してくれたりする。経験則ですが、途中で1回くらいはめげたうえで協働するほうが、最終的にはいい結果になる気がします。

坂本:
理解が難しくても、めげないことは大事。対話を続けて壁を乗り越えることができれば、その先で共通の目的を持てるのではないでしょうか。

さまざまな角度からのディスカッションを通じて、これからの美のキーワードとして「利他」が浮かび上がったことは興味深い。業界を超えてオープンイノベーションに取り組む仲間たちが集った「fibona Open Lab 2022」。シンポジウムは、個人の枠を越え、他者へ、そして社会へと広がっていく、美の可能性と社会実装の意義について深く考える濃密な90分となった。




text: Hanae Abe
photo: Yuko Kawashima
graphic recording: Maiko Iide
edit: Kaori Sasagawa

Project

Other Activity